第287話 エリートの妻。
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玉座の間、
今日も今日とて謁見の場。
細くはあるものの体幹の強さを感じさせる女子が、赤絨毯の上を歩いてくる。
年齢は二十五、六といったところだろうか。
黒髪は長く、大きな瞳は紅茶色。
黒い上下から察するに軍人なのだろうが、さすがに帯剣はしていない。
美人さんだ。
間違いなく。
片膝をつく様子も、サマになっている。
「面を上げよ」
「はっ」
あまりにしっかりとした目を向けてくるものだから、スフィーダはあごも身も引きそうになった。
「と、とりあえず座ってくれ」
「失礼いたします」
女子は椅子に座ると脚を揃えた。
生真面目な感のある所作には、感銘を受けたくもなる。
「名を聞かせてもらってもよいか?」
「ファーストネームとファミリーネーム。どちらがよいでしょうか?」
「ファーストネームじゃ」
「セリカと申します」
「セリカは何用で参ったのじゃ?」
「情けない話をしに参りました」
「情けない話?」
「はい」
苦笑じみた表情を浮かべてみせたセリカ。
「夫も軍人なんです」
「ほぉほぉ」
「なぜ、結婚を機に退役しなかったのか。そのような疑問を抱かれますよね」
「いや。そんなことは思っとらんぞ。主夫という言葉もあるくらいじゃ。連れ合いのほうが退役することだって、ナシではないはずじゃ」
「夫は中佐、私は大尉です」
「おぉ、どちらもスゴいのぅ」
「彼はいわゆるエリートなんです。士官学校も首席で卒業しました」
「ますます素晴らしいではないか」
「しかし、ここに来て、頭打ちになっていると言って、頭を抱えています」
「なぜじゃ? 若くして中佐なのじゃろう? 将軍の芽もあるではないか」
「夫は自信満々でこれまで生きてきたんです。ずっと順風満帆でした。出世だけを目標にしていました。でも……」
「でも?」
「誰よりも誉れ高い戦功を立てながらまるで出世を望まない。それってどなたであるかわかりますか?」
「うむ。まあ、いろいろあってじゃな、わしにだって、なんとなくわかるぞ」
「はい。メルドー少佐と、オーシュタハウトゥ大尉のことです」
セリカは悲しそうに笑んだ。
「夫はメルドー少佐に嫉妬しているんです」
「そなたはそなたで、オーシュタハウトゥ大尉に嫉妬しておるのか?」
首を横に振ってみせた、セリカ。
「オーシュタハウトゥ大尉は別格です。私は同じ階級であることを、正直、恥じています」
「同格なのじゃ。恥じることなどないはずじゃ」
「それでも、どうしようもない感情というのはあります」
「くどいようじゃが、そなたは割り切れているということじゃな?」
「はい。しかし、繰り返しになりますが、夫は苦しんでいます」
ここでセリカは、玉座のかたわらに控えているヨシュアに目をやった。
「ヴィノー閣下。できることなら、メルドー少佐に昇進を打診していただけませんか? 自らより上の位になれば、夫の苦しみも軽減すると思うんです」
「私は彼と幼馴染みでしてね」
「それは存じ上げています。有名な話ですから」
「セリカ大尉、貴女もわかっているように、フォトンは出世になど、まるで興味がないんですよ」
「誰よりも実績を重ねているのに、本人の意思で昇格させないのはどうかと考えます」
「同様の考えを私も抱いていますが、大佐にでも任じようものなら、私はきっと、彼に殴られてしまいます。それは嫌です」
「嫌です、って……」
「貴女が理想とする夫婦像は、どういったものですか?」
「えっ?」
「貴女は自らの夫に、どうあってほしいと考えているのですか?」
「慎ましやかな生活でも、二人で支え合うことができれば幸せです」
「わかりました。セリカ大尉」
「は、はいっ」
「訓練所の広場。そこに中佐を連れてきてください」
「訓練所の広場というのは……」
「ええ。実戦を想定し、ぶつかり合う場です。一対一。タイマンです」
「閣下はいったい、どうしようとお考えなんですか?」
「さあ。どうでしょうね。ただ、すっきりとした結末を望んでいます」
「なんとなく、わかりました。でも――」
「彼は私の部下ですから、なんとでもなりますよ」
セリカは立ち上がると、「よろしくお願いいたします」と言い、深々と立礼したのだった。




