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第281話 お姫様抱っこをされながら。

       ◆◆◆


 夜の海。

 普段通り、ノースリーブの白いドレス姿のスフィーダ。

 彼女は左右の手にそれぞれ白いヒールを持って、静かに打ち寄せる波を、えい、えいと蹴飛ばしている。


 振り返った先には、黒い軍服姿のフォトンがいる。


 フォトンが砂浜の上に両膝をついた。


「おいで?」


 そうとでも言いたげに、目を細めてみせた。


「おまえが来い!」


 スフィーダはヒールを放り出して、両手で手招きする。


 仕方ないなあ。

 フォトンは、そんなふうなことを言いたそうな顔。


 やがて波打ち際まで、フォトンが、やってきた。

 その先にまでは、踏み込もうとしない。

 ブーツを濡らすのが嫌なのではないか。


 だからスフィーダ、「ブーツくらい、また買ってやる!」と告げた。

 フォトンは海に足を踏み入れてくれた。


 フォトンにいきなり体を持ち上げられた瞬間、「ひゃっ」と短い悲鳴が漏れた。

 女王であるというだけであって、お姫様になれることなどないのだろうが、横抱きにされると、妙に、否、素直に嬉しい。


 空を見上げるフォトン。

 その視線の先を眺めるスフィーダ。


「わしより月のほうが綺麗か?」


 悪戯をするようにそう言ってやると、フォトンは律儀にかぶりを振った。


「おまえがなにを言いたいのか、すぐにわかってやれればと思う。ヴァレリアは羨ましいなと思うのじゃ。とはいえ、すぐには通じ合えんからこそ、わかり合えることもあるのかもしれんの」


 フォトンはこっくりと頷いて見せた。

 その通りとでも言いたいのだろうか。


「わしは幸せ者じゃ」


 自然と出てきた言葉だ。


「わしは本当に幸せ者じゃ」


 スフィーダがそう言うあいだも、フォトンは月を眺めている。

 細い月を。


「満ち欠けするからこそ、月は美しいのかもしれんのぅ」


 するとフォトンは首を横に振り。


「満ち欠けするからこそ、月は悲しいとでも言いたいのか?」


 するとフォトンは首を縦に振り。


「おまえはときにロマンティストになる。そしてわしは、そんなキザなおまえが、案外、好きではなかったりする」


 フォトンが眉根を寄せてみせた。


「安心せい。嫌いじゃとは言っとらん」


 フォトンはホッとしたように肩を下げた。


 今夜だけで、何度、フォトンという名を呼ぶことだろう。

 そう考えるだけで、楽しくなる。


「他の民と同様に、おまえもまた、わしの子なのかもしれんの。ああ、そうじゃ。おまえには子供っぽいところがある」


 首をかしげたフォトンに、「いいや、おまえは子供じゃ」と追い打ちをかけてやった。


「少なくとも、わしの前ではほとんど子供じゃ。ヴァレリアの前では、大人ぶっておるのかもしれんがの」


 月明かりが、今夜はまぶしく感じられる。

 海という暗闇が、より映えるように見せているのだろう。


「厳密に言うと、わしには恋敵などいないのじゃ。わしは悠久のときを生きる魔女なのじゃからの」


 また首をかしげたフォトンに、スフィーダは「まあ、よくわからんじゃろうな」と微笑みを向けた。


「おまえは、ジェルの血を継いだ男じゃ。ジェルは家を守るために、わしとの離別を選んだ。おまえはどうしたい? ……なんてな。すまぬ。とても意地の悪い質問をした」


 スフィーダは息をついて、それから先を紡ぐことにした。


「おまえがどうあろうと、わしはおまえとともに死にたい。この気持ち、わかるじゃろう? 悠久のときを生きるからこそ、死を選ぶことに意味がある。のぅ? それくらい、わかるじゃろう……?」


 今度はフォトン、勢いよく首を横に振った。

 彼は真面目な顔をする。

 怒っているようにすら見える。


「おまえはわしに生きろと言うのか?」


 無言のフォトンは頷いて。


「……殺生な話じゃ」


 鼻の奥がつんとしたが、スフィーダ、今夜は泣かないと決めていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 相手を想うこと自体が相容れないとか……切ない!
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