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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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第280話 女は覚悟と引き換えに。

       ◆◆◆


 玉座の間。

 謁見の場。

 そろそろ闇が舞い下りようかという時間帯。


 大扉から入ってきたのは、長い黒髪の女だ。

 まことに美しい真っ白な肌をしている。

 漆黒のロングドレスを着て、真っ黒なドレスハットをかぶっている。


 今夜はパーティ。

 そんな装いだ。


 女は魔法による創造物、それほど大きくはない銀色の刃物を一つ、飛ばしてきた。

 鎌のようなそれは、回転しながら迫り来る。


 強い。

 間違いなく。

 強力な魔法使いだ。

 鎌はヨシュアが張ったバリアを難なく破り、スフィーダの左肩を傷つけたのだから。


「陛下っ!」


 ヨシュアが振り向き、彼にしては珍しく大きな声を上げた。


「よい! なんとかしろ!」


 負傷した左肩を右手で押さえながら、スフィーダはそう発した。


 しかし、ヨシュアが魔法で創造し投擲した黄金の槍は、女に向かう途中でパッと飛散してしまった。


 わからない。

 ヨシュアの一撃をいとも簡単にやりすごすなど、想像もつかない。

 そんな芸当ができるニンゲンなんて、いるはずがない。


 いきなり、ヨシュアががくりと片膝をついた。

 目には見えないなにかに、上から押さえつけられているように見える。

 とてつもない重量を持つなにかを、頭上から浴びせられているのだろう。


 女が右の手のひらを、スフィーダのほうに向けた。


 途端、スフィーダの左肩の傷から女の手のひらへと血が向かう。

 まあるいかたちを成した血液が、吸い込まれるように飛んでゆく。


 自らを奮い立たせるようにして、ヨシュアが立ち上がった。

 右手を相手に、まっすぐに伸ばす。

 だがしかし、彼が飛ばした幾本もの黄金色の矢も、ことごとく消滅した。


 スフィーダの肩から流れる血液は、相も変わらず、女の手に吸われ続ける。

 傷が浅いせいか、一気には吸引されない。


 こんなことで、引き下がれない。

 長らく魔女を、女王陛下をやってきたのだ。


 スフィーダは歩み、前へと進み出た。

 殺すしかなさそうだ。

 そう決断した。


「名は問わん。どういうからくりなのか、それも訊かん。しかし、そなたが相当な覚悟をもって、この場を訪れたことくらいはわかるぞ」


 女は「からくりくらいは教えましょう」と歌うように言った。


「私はここで、この場で死にます」

「ほぅ。どういうことじゃ?」

「私の魔法は覚悟と比例します。死ぬと決めた今、なんでもできるのです」

「なんでもできるというなら、とっとと殺してみろという話なのじゃが?」

「最後のひとときなのです。そう簡単に、終わらせたくないのです」

「こうやってくっちゃべっているあいだにも、血は吸われていく。わしは早いところ、そなたと決着をつけねばならん」


 ヨシュアが「陛下……」と口にし、「お任せくださいませ。お下がりくださいませ」と続けた。

 

「ここで、この程度で臆して引くようなら、最側近などやっていませんよ」


 ヨシュアが凄まじい重みに耐えていることは、よくわかる。

 彼の周囲の石製の床が、べこんと凹んでいるからだ。


「さすがです、ヴィノー様。私の覚悟に勝るだなんて」

「私にだって、相応の覚悟くらいはありますからね」

「スフィーダ様のためなら死ねると?」

「そのために、私は生きている」


 怖ろしいまでの重みをこらえているに違いないのに、それをものともせずヨシュアは浮遊し、相手に突っ込んだ。

 創造した黄金色の剣を右手に握り、女の首を綺麗に刎ねて見せたのだった。


 女の首が赤絨毯の上に転がるのと同時に、血液の吸引も止まった。


 歩みを進める、スフィーダ。

 女の首を見下ろす位置にまで至ったところで、頭がくらくらした。

 後ろに倒れそうになったところを、ヨシュアが右手で支えてくれた。


 ヨシュアは、がふっ、がふっと血を吐いた。

 よっぽど効いたらしい。


「内腑をやられたか。おまえがこんなふうになるとはな……」


 スフィーダは片膝をついているヨシュアの背をさすった。


「礼を言う。おまえがいなければ、わしは死んでいたかもしれん」


 ヨシュアは立ち上がった。

 彼は口からあふれ出る血液を、右腕で拭った。


「このようなことがまだ起きる。私が陛下のそばを離れることができない理由の一つでございます」

「しゃべるな。すぐ、医者に診てもらえ」

「問題ありません」


 再度、口元を拭うと、笑顔を寄越してきたヨシュアだった。




       ◆◆◆


 たくさん食べて、よく寝たら、すっかり回復した。

 幼女の体のくせに自分はタフだな。

 そう感じさせられたスフィーダである。


 ヨシュアもフツウに出勤してきた。


 いろいろとやり取りしたのだが、問題ないというので、問題ナシとした。

 ヨシュアもまた、タフなのである。


 玉座の間は修繕中。

 べこっと凹んだ部分を直さなければならない。

 三日で済むとはいうものの、その間、謁見の場はお休みだ。




       ◆◆◆


 夜、スフィーダはヨシュアを私室へと招いた。

 彼女はベッドの端に腰掛け、彼は向かいで椅子に座っている。


「あの女のことについて、なにかわかったのか?」

「さすがに昨日の今日でございますから。もう少しお待ちください」

「別になにも出てこんかったら、それはそれでよいのじゃ」

「あまり知ろうとは思わないと?」

「おまえだって、そうではないのか?」


 ヨシュアは肩をすくめてみせた。

 肯定するということだろう。


「しかし、あのような者がまだいるというのであれば、話は変わってきます」

「それはない。あの女は特異点じゃ。そうでなければ、わしはとっくに討たれておる」

「それは、その通りでございますね」

「じゃろう?」

「はい」

「いい経験になったのぅ」

「というより、教訓でございますね。ええ。世の中は広い」

「そういうことじゃ」


 スフィーダは右手で拳をこしらえ、それをヨシュアに向けた。

 グータッチをしようというジェスチャーだ。


「これからも二人三脚じゃ。がんばってゆくぞ」

「承知いたしました」


 ヨシュアは右の拳をそっとぶつけて応えてくれた。


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