第28話 ローゼンバーグ家のこせがれ。
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「いやー、中佐の俺としては、やっぱ有能な部下が欲しいんですよねー。今の部下が悪いってんじゃないですよ? っていうか、ウチの部隊、野郎ばっかなんですよね。だからそろそろ女が欲しいっていうかなんていうか。ああ、ただ女だってだけじゃあ嫌ですよ? この先、言わなくてもわかりますよね? っていうか、不公平じゃないですか? 誰のことって、メルドー少佐のことですよ。アイツ、メチャクチャ強いんでしょ? だったら、ヴァレリア大尉みたいに優秀なヒト、要らなくないですか? つまりなにが言いたいかというと、彼女、俺のところに回してくれないかな、って。いやいや、俺が無能だって言ってるわけじゃないですよ? ただ、美女には弱いっていうかなんていうか、へへっ」
話を聞いて、当然、スフィーダは唖然となった。
片膝をついたまま身振り手振りを交え、好き勝手なことを延々とのたまってくれた細面の男は、確かに黒い軍服をまとってはいる。
しかし、なんと軽薄そうで、浅薄そうな男だろう。
とてもではないが、規律を重んじる軍人とは思えない。
男は、太っちょの中将、ウィンストン・ローゼンバーグの子息、もとい、こせがれだ。
年齢は二十五らしい。
「っていうか、陛下って、メチャメチャかわいいですよね。近くで見ると余計にそう見えますよ。将来有望だなあ、って、陛下はずっとその姿ですよね、へへっ」
スフィーダ、いよいよ口をぽかんと開ける。
でも、そんなんじゃいかんと思い直し、口元を引き締めた。
「テオ、じゃったか」
「はい。テオですがなにか? なんつって、なんつって」
ヨシュアがクスッと笑った。
「そなたは戦の経験が豊富なのか?」
「戦場に出たことなんてないですよ。危ないの怖いし」
「なのに、中佐なのか?」
「あー、親の七光りだって言いたいんでしょう? まあ、いいですよ。事実、そうだし。でも俺、事実として中佐なんですよ? だったら、それなりの待遇を受けたっていいはずじゃないですか」
「ヴァレリアは理由もなくフォトンの部隊にいるわけではないぞ? ヴァレリアはヒトに触れるだけで心が読めて、フォトンはものを言えぬから、コンビを組ませておるのじゃぞ?」
「メルドーがしゃべれないって、それ、ホントなんですかね」
「嘘だと思っておるのか?」
「だってそんなの、本人にしかわからないじゃないですか」
「じゃが、実際、フォトンの喉には裂かれた痕があるじゃろうが。助かったのだって、奇跡的なことだったんじゃぞ?」
「それでも怪しいんですよ、俺からしたら」
「疑り深い奴じゃのぅ」
「つーか、メルドーはヴァレリア大尉に命令し放題なんですから ずるいですよ」
「どこがどうずるいのじゃ?」
「へへっ。そんなの、言わなくたってわかるでしょう? みなまで言わせるなって感じ?」
本当に、生意気な口を利いてくれる小僧だ。
「つーわけなんで、ヴィノー閣下、いっちょお願いしますよ」
「テオよ、おまえ、いい加減に――」
「わかりました」
スフィーダの言葉を遮って、ヨシュアがそう返事をした。
彼女は驚き左方を向き、彼のことを見上げた。
わかりましたもなにもない。
ここは、この阿呆を一方的に叱りつけてやる場面ではないか。
テオはキラキラと目を輝かせている。
「マジですか? いいんですか?」
「私から異動の指示を出します。なに。素直に従うはずですよ」
「えっ。メルドーと大尉って、そんなにドライな関係なんですか?」
「ヨ、ヨシュア!」
スフィーダ、たまりかねてたしなめるつもりで言った。
しかし、ヨシュアときたら、右手の人差し指を唇に当て、「しーっ」のポーズ。
テオは「やっりぃ!」と歓喜の声を上げると立ち上がり、「じゃあ、頼みましたよ、ヴィノーさん」と言って身を翻した。
手をひらひらと振りつつ向こうへと歩いていき、立ち去った。
「ヨシュアよ、今の対応には問題があると思うぞ」
スフィーダは眉間にしわを寄せて、苦言を呈した。
「しかも、素直に従うじゃと? ヴァレリアは嫌がるに決まっておるではないか」
しかし、ヨシュアは微笑んでみせた。
「叱り飛ばすことは簡単でございますが、それよりももっとひどい目に遭ってもらおうと思いまして」
「もっとひどい目? どういうことじゃ?」
「じき、わかります」
ヨシュアはますます笑みを深めた。
◆◆◆
二日と経たぬうちに、またテオが玉座の間を訪ねてきた。
テオは赤絨毯の上を走ってきた。
槍を携えた近衛兵の二人が慌てた様子で後ろに続く。
立ち止まったテオは、立ったまま「ヴィノーさん、どういうことですか! なんでわざわざここに来なきゃならないんですか!?」と早口でまくし立てるように言い、「俺はあの女をはずしてくれっつっただけじゃないですか! それだけやってくれりゃいいのに、なんでまたここに呼び出したんですか!?」と続けた。
あの女とはヴァレリアのことだろう。
しかし、はずしてくれとはどういうことなのか。
「私に事の顛末を直接説明しないと貴方の言い分をよしとはしない。そう伝えたはずですが?」
「そ、そうですけど、だからって、こんな、恥をかかせるようなことしなくても……」
ヨシュアが珍しく強い口調で「命令は絶対です」と言った。
テオは気圧されたようで、身を引く素振りを見せた。
「あ、あの、俺」
「まずは礼を尽くしなさい」
「は、はいっ」
焦ったようにして片膝をついたテオ。
確たる根拠も理由もないのだが、スフィーダ、なんだか楽しくなってきた。
「わしから問おう。テオよ、なにがあったのじゃ?」
「えっと、その……」
「さっさと申せ」
「ヤ、ヤらせろって言って部屋に連れ込んだら、あの女、素直に言うこと聞いたんです。服脱いで、やっぱスゲー体してたけど……」
「けど?」
「あ、あの、陛下、ヴィノー閣下、もうこのへんで勘弁してもらえ――」
「話しなさい。テオ・ローゼンバーグ中佐」
「そ、そんな無情な……」
「話しなさい」
「うっ……。わ、わかりました。お、俺もすぐに服を脱ぎました。すぐにヤりたくて……。そしたら、俺のこと見て、あの女、じゃなくて、ヴァレリア大尉は大笑いしたんです。で、近づいてきて、俺の耳元で、その……」
「うむうむ。なんとささやいたのじゃ?」
「その、えっと……小さすぎて話にならない、って……」
基本的にエッチな話題は苦手なスフィーダであるが、思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。
「テオよ、話はそれでしまいか?」
「実は、お尻をペンペン叩かれてしまって……」
「悪いことをした子供のようにか?」
「はい……」
スフィーダ、腹を抱えて笑った。
ヨシュアもクスクス笑っている。
すっかり晒し者になってしまったテオは、顔を赤くするばかりだった。




