第275話 訃報……?
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その日の夕食時。
席をはずしていたヨシュアが、食事をとっているスフィーダのもとに戻ってきた。
彼女の向かいに、彼は座ったのである。
「ケイオス・タールがやられました」
「えっ?」
牛のフィレステーキを切っていたナイフが皿の上に落ち、硬質な音を立てた。
「まさか、死んだいうのか……?」
「いえ。全然、生きています」
「へっ?」
「これから直接、話を聞きに向かいます。陛下はどうされますか?」
少々、固まってしまっていたのだが、スフィーダは顔をぶるぶると左右に振ることで、我を取り戻した。
急いでステーキを口に入れた。
さすがに少し大きかったが、一生懸命、咀嚼した。
◆◆◆
ヨシュアは移送法陣を使う。
どこに向かうのだろうと不思議に思いながら、飴色の筒に包まれたスフィーダである。
到着した先は、どこぞの建物の階段の踊り場だった。
キョロキョロと見回したところで、集合住宅であることがわかった。
城住まいの女王を長くやってはいるが、それくらいの見当はつくのである。
「ひょっとして、ここは」
「はい。ケイオス・タールのアパートですよ」
「ひょえぇっ」
「ひょえぇっ?」
「そうじゃ、ヨシュアよ、ひょえぇっ、じゃ。今となっては、ヒトの住まいを訪れる機会などないのじゃからの」
「上階です」
「うむ」
そして、ケイオスの自宅らしい部屋の前に至ったのである。
ヨシュアが戸をノックした。
ややあってから、戸が外に開いた。
現れたのは、カレンである。
アッシュグレーの髪と涼しげな目元が、相も変わらず美しい。
カレンはどう見ても、寝間着姿だ。
ベージュの上下。
淡い黄色のカーディガンを羽織っている。
「スフィーダ様、ヴィノー様……」
「ど、どうしたのじゃ? えらく疲れたような顔をしておるぞ?」
「だって、だってケイオスが……」
カレンが目にじわりと涙を浮かべたのがわかった。
「ケ、ケイオスは重傷なのか?」
「もう……もう、死んでしまうかもしれません……っ」
「そそっ、そうなのか? 医者にそう言われたのか?」
両手で顔を覆ってしまったカレン。
「と、とりあえず、会わせてはくれぬか?」
「はい。どうぞ、入ってください……」
1LDKの部屋である。
非常にさっぱりとした部屋である。
余計なものがまったくない部屋である。
窓際のベッドの上から声がした。
「スフィーダ様とヴィノー様でしょーっ?」
大きな声だった。
スフィーダ、慌ててベッドに近づいた。
サイズはダブルだ。
ケイオスが小柄なものだから、余計に大きく広く見える。
ケイオスは仰向けのまま、ニッコリと笑ってみせた。
「ケガをしたのは伝えたつもりだけど、だからってどうしたの?」
「い、いや、話を聞かせてもらおうと思っただけなのじゃが……」
カレンがやってきた。
彼女は崩れ落ちるようにして両膝をつき、ベッドに突っ伏して泣き出した。
「こっ、これはどういうことなのじゃ?」
至極元気そうなケイオスを見ていると、どうしてカレンが泣くのか、まったくわからないのである。
「愛されてる証拠っ!」
そう言うと、ケイオスはぴょこんと起き上がった。
「ケイオス、ダメですっ。ちゃんと、ちゃんと寝ていてください。お願いですから……」
カレン、えーんえーんと泣くのである。
「お、おぉぉっ。あのカレンがこれほどまでに……」
「よく泣くよ? よく笑うし。俺って幸せな奴だなって思ってるよ」
ケイオスがカレンの頭をよしよしと撫でる。
「弱いとは言わない。どちらかと言えば、マックスは強かったねぇ」
「どうして奴めに接敵できたのじゃ?」
「そこはほら、俺って情報収集能力に長けてるから」
「煙に巻こうとしておるな」
「企業秘密もあるってことだよ」
「それにしても、そなたほどの力量があれば、そう簡単には負けんと思うのじゃが?」
「後ろを取ったんだ」
「後ろ?」
「そう。あとは近づいて首を刎ねてやるだけだった。なのに次の瞬間には、逆に背後に回り込まれてた。それで、背中を斬られたってわけ。安心してね。傷は深くないから。さすがは俺の反射神経って感じ。っていうか、向こうはとっとと逃げちゃうし。万一にでも負けるわけにはいかないとでも思ったのかなぁ」
「どういうことじゃろうか……」
「なにか手品の類なのかもしれないね」
「ふむ。なるほどの。とにかく任務、ご苦労じゃった。まずはしっかり治すのじゃ」
「殺せてれば、よかったんだけどね。次になにをされるかわからないから」
「マックスという男に一言添えるなら、なにがふさわしい?」
するとケイオスは視線を上にやりつつ「うーん、そうだなあ」と考える素振りを見せてから、あっけらかんと「ただのテロリストだね」と答えたのだった。




