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第269話 長生きさん。

       ◆◆◆


 少女と女性のあいだ。

 そのくらいの年頃であろう娘が、玉座の間を訪れたのだった。


 娘は右手にバスケットを提げている。

 結構、重そうに見える。


 中身はなんだろう。

 そんなふうに思いながら、スフィーダは玉座を離れ、ぴょんぴょんと階段を下った。


 すると、娘はバスケットを提げながら走ってきて。

 慌てたように、走ってきて。


「す、すみません、スフィーダ様。ごめんなさい。駆け寄ってきていただけるなんて、本当に、申し訳ありませんっ」


 娘はそう言うのだが、スフィーダはすでにバスケットから目を離せないでいる。


「なんじゃ、なんじゃ? そなたはなにを持ってきたのじゃ?」

「持ってきた、というわけではないんですけれど……」

「んむ? どういうことじゃ?」


 すると、バスケットの中から、「にゃあ」と声がして。

 ハスキーボイスの「にゃあ」が聞こえて。


「おぉっ。猫が入っておるのか」

「は、はいっ。猫が入っています」

「前にも似たようなことがあったのぅ」

「そうなんですか?」

「うむ。まずは出してやってくれ。わしに見せたくて、連れてきたのじゃろう?」

「まあ、その通りなんですけれど……」


 娘がバスケットの蓋を開けた。

 トラ模様の猫が見上げている。

 顔を目一杯使って、にゃあにゃあ鳴いている。


「おぉーっ」


 スフィーダは目をらんらんとさせる。


「立派な猫じゃ。大きいのぅ。いくつなのじゃ?」

「それが、もう二十五歳にもなるんです」

「ほえぇーっ」


 スフィーダ、感心した。

 猫の寿命はせいぜい十五歳程度だと耳にした覚えがあるからだ。


「なんと逞しい猫なのじゃ。感動じゃ。瞳もしっかりしておるし、毛並みも綺麗じゃ。まだまだ長生きすることじゃろう」


 娘は「私が生まれたときには、もういたんです」と言い、はにかむような笑顔を見せた。


「名前は? なんというのじゃ?」

「私はケイトといいます」

「あ、あう。すまぬ。猫の名を訊いたのじゃ」

「あっ、そうなんですか?」

「教えてもらったもよいか?」

「グレイです」

「そうか。カッコいいのぅ」


 ケイトがグレイを抱き上げ、ニコッと笑った。


 グレイはまた、少々掠れ加減の「にゃあ」を発した。


「立派じゃ。本当に立派じゃ。スゴいぞ、グレイ」


 グレイの狭いひたいを撫でるスフィーダである。


 気安く触るな、この野郎。

 俺は偉いんだぞ、馬鹿野郎。


 それくらいは、言っているような気がする。


「ニンゲンの年に換算すると、もう百歳をこえているそうです」


 ケイトはそう言った。


「それはスゴいのぅ。百まで生きるニンゲンなど、そうは聞かんぞ」


 スフィーダ、改めてとても感動した。


「私がどうしてこのコを連れてきたのか、おわかりになりますか?」

「ん? どうしてなのじゃ?」

「じまーんです。私のグレイはとってもカッコよくて、とってもかわいいんです」

「じまーん、されてしまったな」


 あっはっはと笑ったスフィーダである。

 次の瞬間、彼女は一気に泣きたい気持ちに駆られた。

 一生懸命生きているに違いないグレイのことが、とぉってもとっても、愛おしくなったからだ。


 本当に、涙が出てきた。


「スフィーダ様……?」

「ほんに立派な猫じゃ。強い猫じゃ。長く生きることで、飼い主であるそなたに、極力、悲しい思いをさせたくないのじゃ。考えすぎじゃろうか……」

「グレイが生きているうちは、泣くつもりなんてなかったんですけれど、スフィーダ様にそう言っていただけると、嫌でも悲しくなってしまいます」


 スフィーダはグレイの額を再び撫でた。


「ときというものは残酷で、いつか必ず、誰かと誰かとの関係を引き裂いてしまう。じゃが、生きてほしい。生きて抜いてほしい。グレイにはたくさん生きてもらって、天寿を全うしてもらいたい」

「まだまだ生きます。だって、こんなに元気なんですから」

「生まれ変わることがあれば、わしも猫になりたいのじゃ」

「そうなんですか?」

「猫みたいに自由に生きたいのじゃ」

「やっぱり、今のお立場は、しんどいのですか?」

「ま、そう思う瞬間もあるということじゃ」


 スフィーダはグレイの額を、幾度も幾度も撫でる。


「素晴らしき猫に祝福を」


 するとやっぱり、グレイは「にゃあぁ」と鳴いたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ウチの猫が11月に死にまして…… 25歳だったんです…… 正確な年齢はわかりませんが、多分それくらい……
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