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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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263/575

第263話 一人ぼっちの戦い。

       ◆◆◆


 私室のドアがノックされた。


 コンコンコン……。

 コンコンコン……。


 慎ましげな知らせである。


 それを契機に起きて気づいた。

 休日の朝であるがゆえに、があがあと二度寝を敢行していたのだと。

 いつの間にやら、掛け布団も蹴散らしていた。


 カーテンを開けてから、寝ぼけ眼で戸を押し開けた。


 ヨシュアが立っていた。


「お休みの日に申し訳ありません。少々、お時間をいただいても?」

「よいぞ。眠っておっただけじゃからの」

「ミロスにて怪物が暴れているそうでございます」


 スフィーダは「ほぅ、そうなのか」と言い、あくびをした。


「ミロスと言って、おわかりになりますか?」

「我が国の領土じゃろう? なんでも、百年水道の南方にあるとか……って、なに?」


 スフィーダの脳は、このタイミングで覚醒した。

 自分はお寝坊さんだなという思いを新たにした。


「ミロスで怪物? どういうことじゃ?」

「言葉通りの意味でございます」

「怪物とはどういうやからなのかと訊いておる」

「言葉通りの意味でございます」

「ええい、同じことを繰り返すな」

「どのような外見であるのかは、聞くより見たほうが早いですね。とにかく怪物が、ヒトを殺め倒しているようです」

「ミロスにだって駐留軍はおるのじゃろう? なんとかならんのか?」

「なんとかならないから、本土に支援を要請してきたんですよ」

「確かにまあ、そうなるか……」

「ミロスはそう大きな島ではありません。とはいえ、数十万人が暮らしている。早々に手を打たなければならないということで、兵を出しましたが」

「ふむ。やはり状況については、聞くより見たほうが早いというのじゃな?」

「私は向かうと決めました。大将閣下自らが動くのはどうこう言われましたが、そこは責任ある立場としての判断です」

「わしも行くぞ」

「御意にございます」

「へっ? あっさりオッケーではないか。よいのか?」

「例によって、予測の範疇でございますから。さあ、とっととお着替えくださいませ」




       ◆◆◆


 ヨシュアがメモっていたらしく、移送法陣で飛ぶことができた。

 出だしから宙に浮いている格好である。


 ミロスの中心部を襲っているのは、見たこともない怪物ばかりだ。


 その筆頭と言えるのが、牛の頭を持ちヒトの体をした生き物である。

 赤い肌をしている。

 とにかく巨体だ。

 その体躯に見合うだけの大きな木槌を持ち、それを叩きつけることで人々を片っ端から叩き潰している。

 おまけに何体もいる。


 怖気づいていていい場面ではない。

 元より怖気づくような性格でもない。


 スフィーダはものを放り投げるようなフォームで、左右の手から氷の狼を幾匹も放った。

 牛頭のヒト型を真っ向から攻撃する。


 魔法で作り出した黄金の剣を持ったヨシュアが、一目散に飛んでゆく。

 牛頭の首や胴体をせっせと切り刻む。

 非常にカッコよく男前な戦いぶりだが、そんな悠長な感想を抱いている場合ではない。


 それでも、女王陛下と大将閣下の登場で士気が上がったらしい。

 兵らは次々と、異形の怪物どもに立ち向かう。


 今、戦っているのは駐留軍のニンゲンだろうか。

 それとも、本土から派遣されたニンゲンだろうか。

 判別はつかない。


 そんな中にあってだ。

 本当にいきなりのことだ。

 見知ったシルエットが左方から視界に飛び込んできた。


 軍服の上からでもわかる、鍛え抜かれた肉体。

 赤茶けた髪はショートボブ。

 両手には黒革の手袋。

 間違いなく、ミカエラ・ソラリスだった。


 宙からスゴい勢いで怪物どもに突進し、拳一つで話をつけていくミカエラ。

 どっごんどっごんとぶちのめしていく様子は、見るからに爽快だ。

 以前と比べると、一撃の重みが増したように映った。


 ある程度、片づいたところで、ヨシュアが戻ってきた。

 ミカエラもやってきた。


 ミカエラはすぐそこまで来ると、宙で片膝をついてみせたのだった。


 スフィーダのゆるしに従い、ミカエラは立ち上がる。


「なぜじゃ、ミカエラ。なぜ、そなたがここにおるのじゃ?」

「カツ先輩から話を聞かせてもらったんです」

「カツに? そうなのか?」

「はい。それで、ピットの奴、ここにいるんじゃないかな、って。アイツのおかげであっちにこっちにと飛び回りました。なので、体力的にはバテ気味です」

「バテ気味か。じゃが、さらに強くなったように見えたぞ」

「ありがとうございます。でも、今の戦闘もついでだってだけで……」

「どうしてピットがここにいると踏んだのか。そなたの見解を聞かせてもらいたい」

「テジロギ。なんでも死人をよみがえらせるとかって話ですよね?」

「うむ。じゃが、そのこととピットとがどう関係するのかはわかっておらん」

「多分……いえ、絶対に、そうなんだって思います」


 スフィーダは眉をしかめた。

 よほどのことだと感ぜられた。


「どういうことじゃ?」

「ピットにはお姉さんがいたんです」

「お姉さん?」

「はい。セシルさんといいます」

「いた、というのは?」

「自殺したんです」

「……本当に、どういうことじゃ?」

「ピットとセシルさんは愛し合っていたんです。肉体関係にもありました」

「実の姉と弟なのじゃろう?」

「はい。セシルさんは、ピットと関係を持ったことで、それを知られたことで、家族からも親戚からも、ひどく蔑まれていました。そういった事象は彼女からすれば、どうでもよかったことなのかもしれません。でも、自殺しちゃったんです。ピットの身を守るためだったんだと思います」

「自分が死ねば、ピットという人格がどん底まで貶められることはない。あるいはそう考えたということか?」

「そうなのかな、って。死んでしまえば、二度と交わることはないわけですから。そんなふうに考えるなら、はなっから抱き合わなかったらよかったのにって、あたしなんかは思うんですけれど」


 ミカエラは苦笑じみた表情を浮かべ、スフィーダはうんうんと頷いた。


「話は大体、見えてきたな。いくらなんでもわしにだってわかるぞ。ピットはテジロギに姉を、セシルをよみがえらせてほしいと考えたのじゃ。だからこの島を訪れ、今は、今は、どこにおるのじゃろうのぅ……」


 そんなおしゃべりをしている最中に、下方から湧き出るようにして、黒い人影がいきなり宙に姿を現した。


 彼我の距離は三十メートルほど。

 宙に浮いている同士で向かい合う。


 スフィーダは目を見開いた。

 人影の正体が、目当てのピットだったからだ。


 ミカエラがゆっくりと後方を振り返る。


「ピット……」


 そうとだけ呟いたミカエラ。


「来んなよ、馬鹿。ああ、ミカ、テメーは大馬鹿だ、最悪だ、サイテーだ」


 とてつもなく憎らしいセリフを吐きくさったピットは、どことなく穏やかな顔をしているようにも見える。


「ねぇ、ピット、あたし、わかってるから。アンタがなにを望んでいるのか、わかってるから。でも、それって間違いなんだよ?」

「間違いかどうかは俺が決める」

「嫌だよ、ピット。アンタとガチンコだなんて、絶対にヤだ」


 ピットがスフィーダ、ヨシュアにと視線を向けた。


「ミカ、おまえにすら敵わねーかもしんねーのに、スフィーダ様もヴィノー閣下もいるってんなら、俺は間違いなく勝てねーよ。でも、でもな? 俺はやるしかないんだよ……っ!!」


 ミカエラが、「だから、それをやめろって言っているんだ!」と叫んだ。


「ピット、やめてよ、本当にやめようよ。苦しいだけなんだから、さ……?」

「それでも俺はやるんだよ」


 ピットが魔法衣の左右のポケットから、計七つの黒い球を取り出した。

 球の名は七宝玉。

 ギリー家に代々伝わる魔法のアイテム。


 七つの玉はあちらこちらへと飛び回り、やがてはミカエラにターゲットを絞った。

 使い手の意思に応じてオールレンジでの攻撃を可能とする、非常に優れた、あるいは厄介な代物は、彼女を敵だと見据えたのだ。


「ピット……」

「頼むよ、ミカ。俺のために死んでくれ」

「だからっ!」

「もう言わなくったってわかってるよな? おまえを、アンタらを殺したら、テジロギさんは姉貴をよみがえらせてくれるらしいんだよ」

「アンタは、アンタはやっぱり間違ってる……っ!」

「だったらミカ、テメーが俺を止めてみせろ!」

「ピットォォォォッ!!」


 ミカエラは真正面から、突っ掛かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ピットぉぉぉー! そんな悲しい過去があったなんて。 ピット自身も今、すごく苦しんでいるのでしょうね。 みんなの苦しい気持ちや切羽詰まった雰囲気、それに戦いに臨む緊迫感がビシビシと伝わって…
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