第261話 ピットがいなくなった。
◆◆◆
ミカエラが玉座の間を訪れた。
彼女一人で訪ねてくることは、初めてだ。
所定の位置で片膝をつき、頭を垂れたミカエラ。
ヨシュアのゆるしに従い、彼女は顔を上げる。
どうしてだろう。
ミカエラはのっけから下唇を噛み、苦しそうな、あるいはつらそうな顔をしているように見える。
「どうしたのじゃ、ミカエラよ。そなたはティターンとの国境線沿いに配置されたのではなかったのか?」
「なにもしないまま、任務をほっぽって戻ってきてしまいました」
ミカエラ、今度は苦笑じみた表情を浮かべた。
「どういうことじゃ?」
「ピットがいなくなっちゃったんです」
「ピットが?」
「はい」
「きっかけについて、なにか心当たりがあったりしないのか?」
「あったら、こんなに困っていません」
「困っておるのか?」
「たいへん、困っています」
ピットのことで心配する。
相棒のことだから心配になる。
当たり前の感情に違いないのだが、スフィーダはつい、口元を緩めてしまう。
「現地では、どのような生活を送っておったのじゃ?」
「えっ?」
「任務をほっぽらかす理由があるとしたら、そのへんから探るしかないじゃろう?」
「別に、いつも通りだったと思いますけど……」
「本当にそうなのか?」
「本当です。あっ、でも、寝るときは別だから、ひょっとしたら、そのときになにかあったのかな……」
「ふーむ。その線は捨てられんな」
「任務を放り出したんだから、相当なことなんだって思います」
「じゃろうな。そなたはリンドブルムになんと伝えたのじゃ?」
「正直に言いました。相棒の姿が見えなくなっちゃったから、あたしも抜けさせてくれ、って」
「オッケーが出たのか?」
「首根っこを掴まえて早く戻ってこいと言われました」
ミカエラは自嘲的でしかない笑みを浮かべ。
「相棒なのになにも教えてくれないとか。男と女。性別だって違うんだから、そんなこと、あって当前なのかもしれないけど、それでも、悔しいな、寂しいな、って……」
「直接そう言ってやったら、ピットも考えを改めたかもしれんの」
「でもあたし、不器用だから……」
「そのような言い訳はよくないぞ」
「そうですか?」
「そういうものじゃ」
「あたしはピットを探します。一生懸命」
ヨシュアが「こちらからもヒトを出しましょうか?」と訊いた。
「いえ。あたしが見つけ出します。それくらいできないで、なにが相棒だって話ですから」
「だったら、見つけなさい。探し当てなさい。他ならぬあなた達のことです。ですから、私は非常に心配しています」
「ありがとうございます。それにしても、あたしはどうして、スフィーダ様とヴィノー閣下に話をしようと思ったのかな……」
「誰かに本音を打ち明けたい。そういうことは、ままあります」
「失礼しました、本当に」
ミカエラは微笑んでみせてくれた。
◆◆◆
夜。
ヨシュアの私室にて。
スフィーダはベッドの端に腰掛けていて、ヨシュアは向かいの椅子に座っている。
細く淡いランプの明かりだけが、周りを照らしている。
「昼間の話が気になってしょうがない。ミカエラは自分でなんとかすると言ってはおったが……」
「ヒトを使います。似顔絵を作成し、それを元に探させます」
「そうしてくれ。それくらいはせんと、不安でしょうがない」
「不安ですか」
「あれだけさっぱりとした気質のピットがいきなり行方をくらましたわけじゃ。そう思うのも無理はなかろう?」
「本当に、彼になにがあったのか……」
「それがわからんから、見つけろと言っておる」
「見つからないケースは考えたくありませんね」
「見つからんかった場合、どうなっているというのじゃ?」
ヨシュアは真面目な顔をして。
「さまざまな結果が予測されますが、どれも口に出したくはありません。言霊という概念くらい、私も知っているつもりですから」
「ミカエラの気持ちを考えると、まったくもって、やりきれんのぅ」
「繰り返します。私達にだってやれることはある。手をこまねいているばかりではないということです」
「そうじゃな。情報収集は可能じゃな。あるいはその情報から道筋をたどることもできる。明日の朝一に、陣中見舞いがてら、ティターンの手前にまで飛ぶぞ。なにかヒントが得られるかもしれん」
「素晴らしいお考えです。しかし、移送法陣をお使いに?」
「無論じゃ」
「違法なのですが?」
「ヨシュアよ、怒るぞ」




