第26話 指。
◆◆◆
夕方、仕事が終わった。
興味深い謁見者ばかりだった。
よってスフィーダ、とても満足している。
両手を突き上げ、うんと伸びをする。
それだけでは飽き足らず、玉座の上で立ち上がって、もっと伸びをする。
「お行儀が悪うございますよ?」
ヨシュアにそう注意されたが、スフィーダは気にしない。
しかし、いきなりお姫様抱っこをされてしまった。
すとんと床に立たされてしまった。
口をとがらせて見上げてやると、にこりと笑みを向けられた。
人畜無害そうな笑顔ではあるものの、実は結構腹黒い男であることをスフィーダはよく知っている。
その腹黒い男の左手が、ふと気になった。
薬指に光るものを見つけたからだ。
今までは気にしたこともなかったのに、銀色の結婚指輪をしていることに不思議と目が行った。
「これはなんでできておるのじゃ? プラチナか?」
スフィーダ、ヨシュアの手に顔を近づける。
「さようでございます」
「値は張ったのか?」
「それなりに」
「おまえの指は実に細いのう。女子の指のようじゃ」
「この指でいろいろするのでございます」
「む、なんじゃ? いろいろというのは」
「クロエにいろいろとするのでござます」
「ク、クロエにいろいろ?」
「穴という穴をこの指で刺激するのでございま――」
「よさんか、下ネタは!」
ヨシュアの胸を両手でぽかぽかと叩いたスフィーダだった。
◆◆◆
夢を見るなんてことなんてほとんどない。
それくらい、スフィーダは爆睡するのである。
そんな彼女はこたびも戸をノックする音で目が覚めた。
ヨシュアの「陛下、もうすっかり朝でございますよ」という声がする。
「あうぅ~、あうううぅ……」
スフィーダは言葉にならない声を発しながらあっちにこっちにと寝返りを打ち、やがては絨毯の上に転がり落ちてしまった。
「む、むぅぅぅぅ……」
腕立て伏せの要領でなんとか体を起こして立ち上がる。
寝間着から、宝石で装飾された純白のミニのドレスに着替えた。
白いヒールを履く。
洗面台に立って歯を磨く。
頭がゆーらゆらと左右に動く。
まだまだぼーっとしている。
歯磨きを終えたところで私室を出た。
「おはようございます。陛下」
「おはようなのひゃぁぁ~……」
派手なあくびが出た。
「陛下」
「なんじゃあ?」
「回れ右でございます」
「どうしてじゃあ?」
間延びした声でそう訊ねたスフィーダは、ヨシュアの手により、なかば強引に私室へと押し戻された。
促され、再び洗面台の前に立つ。
鏡には、相変わらず、ぼーっとした彼女の顔が映る。
洗面台の上の鏡の横に固定されているボックス棚から、ブラシを手にしたヨシュア。
このときになってスフィーダは、初めて自分の髪に寝ぐせがついていることに気がついた。
丁寧に髪をといてもらい、やがて寝ぐせは解消。
眠気もだいぶん改善。
二人して、私室を出る。
出たところで、スフィーダ、新たなことに気づいた。
立ち止まり、思わず「むむっ」と声まで出た。
「いかがなされました?」
「挟まったままなのじゃ」
「どこになにがでございますか?」
「昨晩、ホタテの貝柱のアクアパッツァを食べたであろう? その貝柱のかけらが、奥歯に挟まったままなのじゃ」
「ばっちぃ話でございますね」
「ばっちぃとか言うでない。むぅ。気になってしょうがないぞ」
「わかりました」
「なにがわかったのじゃ?」
ヨシュアがスフィーダの背後に立った。
「陛下、あーんと口をお開けください」
「ん? なんでじゃ? どうしてじゃ?」
「お開けくださいませ」
言われるままにすると、ヨシュアが右手の人差し指を口の中に入れてきた。
いきなりなにをするのかと文句を言おうと思ったのだが、「んあ、あぁぁ」などとしか漏らせない。
ヨシュアは手探りして、しっかり貝柱のかけらを取ってくれた。
それを自らの白いハンカチに包み、魔法衣のポケットにしまう。
ここに至ってスフィーダ、ドキッとした。
口内に指を入れられあれこれされるのは、いささかエロティックな行いではないだろうか……。
そのへん少し過敏なスフィーダは、礼を述べるにあたっても「す、すまぬな、ヨシュア」と、どもってしまった。
するとヨシュアは、「ほんに、ばっちぃ話でございます」とか言いながらも、にこりと微笑んでみせた。
「それにしても」
「な、なんじゃ?」
「いえ。これは高く売れるのではないかと思いまして」
「う、売れる?」
「ええ。なにせ、陛下の奥歯に挟まっていた貝柱でございますから」
「マニアックな商売を考えるでない!」
今日もスフィーダはヨシュアの胸をぽかぽかと叩くのだった。




