第259話 くせっ毛の男のコ。
◆◆◆
まだ小学生の高学年くらいではないか。
小さな男子が玉座の間を訪れたのだった。
男子は、双子の近衛兵、すなわちニックスとレックスに挟まれた格好で、赤絨毯の上を歩んでくる。
なぜだろう。
男子はひっくひっくとしゃくり上げている。
そのひっくひっくに合わせて肩が上下するのを見ていると、なんとも悲しい思いに駆られてしまう。
男子は設けられている椅子の隣で立ち止まった。
いよいよいたたまれなくなったスフィーダである。
彼女は「どっ、どうしたのじゃ?」と、どもり気味に訊ねた。
しかし、男子はやはり、しゃくり上げるばかり。
スフィーダは玉座を離れ、ぴょんぴょんと階段を下った。
自分より背の高い男子の前に立ち、左右の手をそれぞれ握った。
それでも泣きやまないので、「まあ、座れ、座るのじゃ」と促した。
男子がようやっと椅子に腰掛けてくれたところで、後ろから呼ばれた。
「陛下」
厳しさを孕んだヨシュアの声だった。
ヨシュアが歩いてくる気配を、スフィーダは感じ取る。
彼女は口をとがらせながら首を回して、彼のほうを見た。
「わかっておる。無防備に近づきすぎだというのじゃろう?」
「はい。過激派の連中は、子供だって武器にします」
「こんなふうに泣いている男子を無視してまで、長生きしたいとは思わぬ」
いよいよヨシュアは、スフィーダの隣にまで至った。
「陛下。このあいだも申し上げましたが、死することはフォトンと会えなくなることと同義でございますよ?」
「それは困る。困るのじゃが……」
「ニックス、レックス」
ヨシュアの呼び掛けに応じ、双子が声を揃えて「はっ!」と返事をした。
「ボディチェックは? ぬかりないのですね?」
双子の「もちろんです」という声だって、もちろん、同時である。
そのようなやり取りは当たり前だろうと感じる反面、スフィーダはまた少し、悲しくなった。
「やはり、このような男子のことまで、疑わなければならんのか……」
「そうではございますが、私が陛下の立場だった場合、私は同じように対応したことだろうと思います」
「ずるいぞ、おまえは。いつもそうやって、やんわりとわしのことを慰める」
「その笑みは苦笑いでございますか?」
「当然じゃ。さあ、もうよいじゃろう。わしはこの男子の話を聞くぞ」
「よろしくお願いいたします」
ようやく自由を与えてくれたヨシュアである。
男子はまだ泣いている。
まだひっくひっくとしゃくり上げている。
「どうしたのじゃ? どうして泣いておるのじゃ?」
「……スフィーダ様」
「うむ。なんじゃ?」
「スフィーダ様の手って、小さいんですね」
「そうじゃ。ちっちゃいぞ? 無理に敬語を使わんでいい。なぜ泣いておる? その理由を教えてほしい」
「ぼ、僕、その……くせっ毛なんです」
「そんなことは、見ればわかる。綺麗な茶色い髪じゃの」
「……綺麗?」
「ん? 綺麗じゃろうが? 触った感じも、悪くないぞ?」
「でも、でも……っ」
「うむ。なんじゃ?」
「好きな女のコに、くせっ毛なんて、カッコ悪い、って……」
スフィーダの怒りは一瞬にして天を衝くのである。
「そんな女子のことは好きになるな! そんな想いなど捨ててしまえ!」
「えっ?」
「ヘアスタイルなどという些細な問題を持ち出して好き嫌いの判断をする。そんな女子などやめておけと言っておるのじゃ!」
「ス、スフィーダ様……?」
「なんじゃ? ぷんすこじゃぞ、わしは」
「ぷんすこ?」
「そうじゃ。ぷんすこじゃ」
「あの、もうちょっとゆっくりしゃべってほしいです……」
「あ、あう。それはすまんかった」
スフィーダ、勢いのままに言葉を連続させてしまったことを反省する。
「髪の質って、変えようがないと思うんです……」
「そんなことはどうだってよい。くせっ毛のどこが悪いのじゃ?」
「でも、その……モテるクラスメイトは、みんな髪がまっすぐで……」
「じゃから、それは――」
「あのっ!」
「お、おおぅ、なんじゃ!?」
「あのっ……もう大丈夫な気がします」
「へっ? そうなのか?」
「スフィーダ様にも、くせっ毛なんてカッコ悪いって言われると思っていたんです」
「へっ? そうなのか?」
スフィーダ、間抜けなことに、オウムのような返しをしてしまった。
「くせっ毛……カッコ悪くないですか?」
あっという間に態勢を立て直すのも、またスフィーダなのである。
「カッコ悪いなんてことはないぞ? わしが考えるにじゃな、その女子は、あるいはそなたに気があるのかもしれんぞ?」
「そ、そうですか?」
「照れ隠しに言ってしまうということは、ままあるのじゃ」
「照れ隠し……?」
「そうじゃ。照れ隠しじゃ」
「よくわからない、ですけれど……」
「そなたも年をとれば、いずれわかるようになる」
「がんばります!」
「お、おおぅっ、またいきなりじゃの。いきなり元気になりよったの」
男子がスフィーダの手を握り返してきた。
「スフィーダ様の手……小さい、けど、あったかい……」
笑顔を向けたスフィーダである。
「悩みを解決するにあたって、一助となれたのであれば幸いじゃ」
「難しい言葉は、よく、わからないですけれど……」
「とにかくがんばれと言っておるのじゃ」
「それなら、よくわかりました」
「元気に暮らせ」
「がんばりますっ」
多分、世の中には悪い男子なんていないのだ。
そう考えることになんの問題があるのだろう。
女王である以上、テロの対象になりかねない。
ヨシュアがそう言うのもわかりはするのだが。




