第255話 わがままエヴァ、その五。
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「もういいじゃない。ティターン、やっつけちゃえばいいじゃない。この先、どうせやり合うことになるんだから。先手を打ってなにが悪いっていうのよ」
赤絨毯の上に設けられた椅子の上でふんぞり返り、イイ感じの肉づきの脚を組んだのは、なにを隠そう、エヴァ・クレイヴァーである。
「エヴァよ」
「なによ?」
「今、脚を組み替える瞬間、パンツが見えたぞ」
「あーら。だったらスフィーダ様、お金、払ってもらえる? 私の体はタダじゃないんですからね」
「だが、見えてしまったものはしょうがないのじゃ。のぅ、ヨシュアよ。おまえにも見えたじゃろう?」
「ピンクでしたね」
ヨシュアがそう言ったのを聞いて、エヴァはにぃと笑った。
「ホントに見えたみたいね。閣下ならオッケー。むしろ、ヤッてみたいわ」
「そのようにのたまいますか」
「なによ、閣下。のたまったからって、なんだっていうのよ」
「以前にも指摘した覚えがあります。貴女はヴァージンなんでしょう?」
「なっ、なななななっ! そっ、そんなこと、言った覚えはないわよ!!」
「では、実のところ、どうなんですか?」
「そ、それは……」
「大切なものは大切なヒトのために、とっておきなさい」
すると、エヴァはヨシュアのことを見て。
まるで睨みつけるように鋭く見て。
そうでありながら、次に若干俯くと、頬を桃色に染めて。
「なんでそんな恥ずかしいことを、平然と言えるのよ……」
「大事なものは大事なものです。だから、大事な男性にそれを――」
「うるさいわよ! そんなのもう聞き飽きたって言ってるのよ!」
「貴女の元気さは買えます」
「裏を返せば、元気さしか買えないってことでしょ? ああ、最悪。ホント、まいっちゃうなあ」
「なにがまいっちゃうんですか?」
「鈍感すぎ。死んでよ、馬鹿っ!」
「わけのわからないことを言わないでください」
「閣下が鈍感すぎるって言ってるのよ!」
らしくもない。
エヴァは猫みたいに目を吊り上げ、険しい顔でヨシュアを見る。
スフィーダ、ヨシュアに言ってやりたい。
あんまりエヴァにキツく当たってやるなと言ってやりたい。
「話を戻すわ」
「ええ。そうしなさい」
「ティターンは潰しにかかるべきよ。ホント、長々と野放しにしておける国じゃないんだから。いつか絶対に食らいついてくるわよ」
「そのあたりのことは、セラー首相が判断します」
「首相がするのは最終的な決定ってだけでしょ? 戦争に関する事柄については、当然のごとくかつことごとく、閣下の専権事項。それって間違ってる?」
「私は客観的かつ他人事のように、ものを見極めたいと考えています」
「かもしれないわね。でも、冷静かつ冷徹な振る舞いの意味を知っているニンゲンなら、逆にその裏にある真実を掴もうとするわ」
「いい指摘です。貴女は成長したのでしょうか。エヴァ・クレイヴァー少佐」
「まってくもって、その通りよ。いいわよ。閣下が望むなら、私は閣下の駒を続けてあげる」
「貴女に対しての場合、駒という呼称にはいささか不本意さを覚えます」
「どうしてよ?」
「私は貴女のことが、あまり好きではない」
「そ、そんなこと、知ってるわよ!」
エヴァのその言葉は強がりに聞こえた。
「ですがね、エヴァ」
「えっ……?」
「どうかしましたか?」
「だ、だって、閣下からエヴァって呼んでもらったの、初めてだから……」
「気に入らないのであれば訂正します」
「だ、だから、そういうことじゃないの。私はただ――」
「女心と秋の空といいますね」
「また言わせるわけ? そんなふうなことじゃ、そんなことじゃ、ないんだってば……っ」
「せいぜい長生きすることです。がんばりなさい」
「根性論なんて受けつけないわよ」
「でしたら、すみません」
「あ、謝る必要はないけど……」
「これからの働きに期待します」
「ホント、それって、わかっていての嫌味でしょ?」
「貴女にも、いつかイイヒトが見つかりますように」
「閣下みたいな男を見たら……って、もういいわ。この朴念仁!」
「おや。私は多弁なつもりですが?」
「うるさいわよ!」
エヴァは椅子から腰を上げると身を翻し、肩を怒らせ、向こうへと歩いてゆく。
彼女は振り返ると、もう一度、「この朴念仁!」と言い放った。




