第254話 嫉妬の閾値。
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奇跡的な場所、そしてタイミングだ。
移送法陣で飛んだ先、目の前の宙に、ヴァレリアが浮かんでいた。
彼女が振り返りつつ、「少佐ぁっ!」と大声を発したところだった。
地に目を向ければ、どこもかしこもがれきの山。
復興はこれからだ。
そんなこと、見ればわかる。
直下は死体ばかり。
フォトン、あるいはヴァレリアに屠られた、グスタフにルーツを持つ兵士ではないか。
派手に殺されたことだけは確実だ。
スフィーダらに気づいていないはずはないのだが、ヴァレリアは宙を蹴り、あっという間にびゅんと加速した。
目のいいスフィーダにはよく見える。
恐らく敵勢力だろう。
フォトンが彼らに真正面から襲い掛からんとしている。
フォトンが負けるわけがない。
そんなことわかりきっている。
だが、ヴァレリアは心配で、あとを追ったのだ。
かくいうスフィーダもそうだ。
勇敢すぎるフォトンの姿を目の前にすると、あっという間に不安になる。
なにをも恐れぬ無鉄砲さは、いつか命取りになってしまうのではないか。
そう考えると、途端に気が気でなくなってしまう。
「待ちましょう。そのうち帰ってきますよ」
ヨシュアにそう諭されても、いくらでも気を揉みたくなってしまう。
フォトンが突っ込んでいった敵襲の直前にまで、ヴァレリアは至った。
しかし、彼女が介入する間も余地もなく、彼は敵という敵を斬り捨てた。
自らにしか扱えない大剣を背の鞘に納め、フォトンが戻ってくる。
彼のあとに、ヴァレリアもついてくる。
スフィーダはやれやれと吐息を漏らしつつ、腰に手をやった。
どうあれ怪物殿は、今日も健在だ。
◆◆◆
玉座のそばに設けさせたテーブルにて。
夕食である。
スフィーダの左隣にはヨシュアがいる。
彼女の正面にはヴァレリアがいて、はす向かいにはフォトンの姿がある。
今日はヒトをたくさん葬っただろうに、二人とも平然としている。
多くの敵を肉塊に変えただろうに、何事もなかったかのように、牛のフィレ肉を丁寧に切り分け、食している。
まあ、慣れてきたらそんなものなのだろうなと、スフィーダは思う。
彼女自身にそういった経験がないかというと、そうでもないからだ。
いつの時代にも、貧乏くじを引くことをよしとしたり、自ら泥をかぶろうという者は必ずいる。
それにしても、ヴァレリアには恐れ入る。
熊のような巨躯を誇るフォトンと並んでも、確かな存在感を醸し出しているからだ。
あるいは、大女などと評価するニンゲンもいるかもしれないが……いや、そんなことはあり得ないだろう。
ヴァレリアほど蠱惑的で魅力的な女性は、この世にいるはずもない。
といっても、女の部分で負けるわけにはいかないのだが。
「今日はいい日でございました」
「ヴァレリアよ、なにがじゃ?」
「ヴァーミリオンズをはじめ、多くの残党を地獄へと突き落とすことができました。局所的な戦闘ではありましたが、手応えがまったくなかったかというと、そういうわけでもありません。少佐は相手を食うことに終始した。私はそのお手伝いをした。満足でございます」
なんとも危なっかしい感想のように聞こえてしょうがないが、二人が心ゆくまで戦えたのであれば、その気持ちは尊重すべきなのかもしれない。
フォトンは戦士、彼の部隊で二番手を務めるヴァレリアも戦士。
そういうことなのだ。
皿を手にしたフォトン。
それを手に、首を後ろに回した。
「もっと肉を持ってこい」
そういうことだろう。
勇気のある侍女が、皿を受け取った。
彼女が「お、おかわりです!」と高い声を発すると、食事の様子を見守っていた料理長が、ただちに駆けてきた。
その料理長ときたら、謝罪しまくるのだ。
「メルドー様、申し訳ございません、申し訳ございません! おかわりのステーキはすぐにお持ちいたしますので!!」
まったく表情を変えないフォトンである。
そう大げさなことでもないので、スフィーダは「気にせんでよい。ゆっくりでよいぞ」と声を発した。
「本当に、ゆっくりでいい」
ヴァレリアもそう言ったのだ。
実際、フォトンは急いでいないのだろう。
ただ、もう少し、あるいはもっと食べたいというだけだ。
まあ、限りを設けなければ、牛一頭でも食べてしまいそうな男ではあるが。
フォトンに侍女に料理長。
彼らの一連の動きが愉快に感じられて、スフィーダは笑った。
「フォトンよ、待ちきれんじゃろう。わしのをやるぞ?」
肉にフォークをぶっ刺すとスフィーダは右手を伸ばし、「あーん」と言いつつ、フォトンに口を開けるよう促した。
彼は大きな口で食いついた。
釣り堀の魚みたいに勢いよく。
「妬けます、陛下。おやめください」
ヴァレリアはそう言うと、微笑んでみせた。
「ざまあみろ、なんて言ったら怒るか?」
「怒りはしません。ただ」
「ただ?」
「やはり、ただただ妬けます」
ヴァレリアは穏やかに笑んだ。
背筋がぞくりとするくらい、色っぽい微笑みだった。




