第251話 アイアンウィル。
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先頃フォトンの部隊に配属されたマキエ・カタセが、玉座の間を訪れた。
肩までの黒髪。
小柄。
目は切れ長なのだが、顔立ちには不思議と愛嬌がある。
まだ十八歳という年齢。
ちょうど美少女と美女のあいだといったところだ。
片膝をついたマキエはスフィーダのゆるしに従い、椅子に座った。
「マキエよ、また会えて嬉しいぞ」
「えっ、そうなのですか?」
「お、おぉ。びっくりしたような顔じゃの」
「だって、だって……」
マキエは感極まったように目を潤ませ、両手で顔を覆ってしまった。
「マ、マキエよ、再びわしと会えたことに、感動しておるのか?」
「はい。そうなのですっ」
「じゃがしかし、なにも泣くことは――」
「泣かないのです」
「へっ?」
スフィーダは呆気にとられた。
「う、嘘泣きなのか?」
「はい。嘘泣きです」
「ど、どうしてそんな無意味な真似をするのじゃ?」
「スフィーダ様にお会いすることに慣れました。もう素でいけるのです」
「まあ、そういうことなら嬉しいのじゃが……」
「うぉぉぉぉ……」
「こ、今度はいきなり頭を抱えるのか。いったい、その理由はなんじゃ?」
「私は見てしまったのです」
「な、なにをじゃ?」
「うぉぉぉぉ……。フォトン少佐とヴァレリア大尉がキスをしている場面を目撃してしまったのです。ヴァレリア大尉は爪先立ちになり、それはもう激しく求めていらっしゃいました」
「あるいは、ガン見したのか?」
「ガン見しまくってしまいました」
「どこでガン見したのじゃ?」
「飛空艇の中でガン見しました」
「こ、こっそり覗いておったのか?」
「覗いていました。場所なんてどこでもよかったのだと思います。体を重ねることができれば、どこでもよかったのだと思います」
「お、おぉぅ。なんというか、爆弾的な報告じゃな」
「嫌な予感はしたのです」
「そそ、そうなのか?」
「そうなのです」
以前、マキエは話していた。
ヴァレリアに恋をしてしまったのだと。
となると、生々しい実状を目にして、ショックを受けたということだろうか。
「うぉぉぉぉ……」
また頭を抱えたマキエである。
「大尉の声は大きかったです。外にまで響き渡っていました」
「の、のぅ、マキエよ、提案がある。この話題はやめに――」
「うぉぉぉぉっ!!」
頭を抱えたまま、マキエは両足でばたばたと赤絨毯を叩いた。
「なんだったら、乱入してもよかったのです。それでもよかったのです。もうなんだか、なんだかですね、いっそもう、フォトン少佐に乱暴されてもいいかな、みたいな」
「まっ、待て。乱暴はいかん。されるのもいかんぞ?」
「三人っていうのもアリではないですか!!」
「マキエよ、大声を出してくれるな。わしもいろいろと想像してしまうから、やはりこの話題はやめにし――」
「お二人の濃密な濡れ事を見て、私はどうなったと思われますか!!」
「マ、マキエよ、じゃから、声の高さはもうすこし抑えて――」
「どうなったと思われますか!!」
「わ、わからん。まるっきりわからんぞ」
「鼻血を噴き出して、気絶してしまったのです!!」
「じゃ、じゃから、大声で言うことでもなかろう? 違うか?」
「うぉぉぉぉ……」
「うぉぉぉぉ……?」
頭を抱えていた両手を解いたマキエ。
彼女は顔を上げてニコッと笑うと、「いいものを見せていただきました」と、ものすんごく恥ずかしいことを言った。
「ヴァレリア大尉みたいなヒトを抱いていい男性って、やっぱりフォトン少佐しかいないのだと思いました。スゴくお似合いだと思うのです」
「そ、それでよいのか?」
「よいのです。私、がんばるのです」
「なにをがんばるのじゃ?」
「まずは戦闘をがんばるのです」
ようやくまともな会話ができそうなので、スフィーダはホッとした。
「私はですねスフィーダ様、フォトン少佐の部隊に採用されたことを、本当に嬉しく思っているのですよ」
「そのようなことを、前にも言っておったの」
「アイアンウィルってわかりますか?」
「鉄の意志じゃろう?」
「そうです。ウチの部隊はストイックなヒトばかりなのです。それもこれも、フォトン少佐の腕力と魂の強さの影響を受けているからなのだと思います」
「アイアンウィル。力強い概念じゃの」
「少佐は折れないです。国のために、あるいは誰かのために、最後の最期の瞬間まで戦い続けるお心づもりなんです。ホント、アイアンウィルです。カッコいいです。私がこの世で認めている男性はフォトン少佐しかいないのです」
「たとえば、父親のことは尊敬できんのか?」
「私の父は最低です。浮気でいなくなってしまったので」
「悪いことを訊いた。すまぬ」
「よいのです。今現在の私が幸せならいい。母もそう言ってくれているのです」
「鉄の意志。それはじきにそなたにも備わるのかもしれんな」
「フォトン少佐とヴァレリア大尉の背を追い掛けて私はどこまで行けるのか。自分で自分を試したい気持ちでいっぱいなのです」
「武運を祈る」
マキエは椅子から腰を上げ、立礼した。
「それでは、失礼いたします」
そう言って、身を翻した。
やがて駆け足になり、その様がマキエのせっかちさを表していた。
「無茶だけはするでないぞ!」
スフィーダが大声でそう言うと、マキエは振り返り、満面の笑みを見せた。
ぴょんぴょんと飛び上がりながら、両手を振ってみせた。
なんと気持ちのよい女子だろうか。
なんとかわいらしい女子だろうか。




