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第25話 黒くてピカピカした奴。

       ◆◆◆


 玉座の間。


 柱のあいだを通って、東から西へと風が吹き抜ける。

 本日も晴天なり。

 穏やかな一日になりそうだ。


 今日最初の謁見者は、城のキッチン業務を取り仕切る白衣の男、すなわち料理長だった。


 いったいなんの用だろう。


 スフィーダはそんなふうにいぶかりつつ、座礼をした料理長に対して「おもてを上げよ」と告げた。

 しかし、彼は顔を見せようとはせず、ただ「申し訳ございません! 申し訳ございません!」と繰り返すばかり。


 これではらちがあかない。


 そこでスフィーダ、「謝るということは、なにかあったのじゃろう? それを話してはくれぬか?」と優しく訊いた。


 すると、料理長はようやっと彼女を見てくれた。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。

 男前の中年なのだが、そのダンディさが台なしだ。


 スフィーダ、改めて、「どうしたのじゃ?」と訊ねた。

 料理長ときたら、「まことに申し上げにくいのですが……」と、あるいは悔しげにも見える表情を寄越してきた。


「とにかく申してみよ」

「その……昨晩、ゴキブリが出たのでございます……」

「な、なんと。そうなのか」

「はい……。いつも念入りに掃除はしているのでございますが……」

「その上で出たのであれば仕方がないと、わしは思うぞ?」

「ですが、陛下にお出しする料理を作っているキッチンでゴキブリなど……くっ……」


 料理長、本当に悔しそうだった。




       ◆◆◆

 明くる日。


 玉座のそばに設けてもらったテーブルにて軽い朝食をとった。

 一旦、私室に戻って歯磨きをしてから、玉座についた。


 両手をうんと突き上げ、背筋を伸ばす。


 そんなスフィーダの様子を見て一つ頷いた側仕えの一人、黒くて平べったい帽子を頭にのせた老人が、赤絨毯の上を歩き、大扉の向こうへと消えた。


 スフィーダ、「今日、最初の謁見者は何者じゃ?」と質問した。

 ヨシュアは「非常にタイムリーなニンゲンでございます」と答えた。


「タイムリー? どうタイムリーなのじゃ?」

「お会いになれば、わかります」


 やがて近衛兵に挟まれ、謁見者の男が歩いてきた。

 茶色いチョッキにクリーム色のズボン。

 若い。

 二十歳やそこらといったところだろう。

 白い小箱を大事そうに両手で持っている。


 男の座礼があり、スフィーダは「おもてを上げよ」と命じ。

 名乗るように言うと、「リディと申します」との答えがあり。


「なりわいはなんじゃ?」

「職人をやっています」

「なにを作っておるのじゃ?」

「害虫、害獣駆除の製品です」

「ほぅ。珍しい職のように聞こえるぞ」


 ここでスフィーダ、気づきがあり、つい「あっ」と発した。


 そういうことか。

 昨日、ゴキブリうんぬんの話があったからタイムリーなのかと合点がいった。


 スフィーダが声を上げたせいだ。

 きょとんとなったリディ。

 彼女が「気にするでない」と応えると、彼は人懐っこい笑みを浮かべてみせた。


「会いたいという理由だけで陛下にお会いできるとは、思いもしませんでした。本当に嬉しいです」

「そなたを選んだのはヨシュアじゃがの」


 スフィーダも微笑んだ。


「ありがとうございます。ヴィノー様」

「いいんですよ。お気になさらず」

「して、その小箱に入っているものはなんじゃ?」


 そう。

 スフィーダ、リディが脇に置いたそれが気になっている。


「手ぶらで来るのもなんだと思ったので、新製品を持ってきました」


 リディはそう言うと、手にした小箱をぱかっと開けてみせた。

 スフィーダは玉座から少々身を乗り出して、中身を覗こうとする。


 白くて丸い物体が確認できた。

 いわゆる、団子である。


「それが新製品なのか?」

「はい」

「なにに対して効果があるのじゃ?」

「ゴキブリです」

「ほぅほぅ」


 まさにタイムリーだ。


「これまでにあったものとは違うのか?」

「たくさんゴキブリを集めて、たくさん実験をしました。こちらのほうが格段に効きます」

「た、たくさん集めての実験か。その光景はあまり想像したくないのぅ」

「でも、現代のゴキブリはかわいいほうなんですよ?」

「そうなのか?」

「はい。だって、大昔には一メートル級がいたという話ですから」

「そそ、それはぞっとしてしまう話なのじゃ」

「この製品、お城にも置いていただけると嬉しいです」

「うむ。ヨシュアよ、よいじゃろう?」

「試す価値はございますね。キッチンに置くよう指示を出しましょう」

「ありがとうございます!」


 リディは深々と座礼をしてみせた。




       ◆◆◆


 一週間が経過した。


 一匹見たら百匹いると思え。

 そう言われるゴキブリではあるが、実際は数匹が出没しただけらしい。

 しかも、団子の効果により、きちんと死んだ状態で発見されたようだ。

 そのうち、本当に出なくなるかもしれない。

 もしそうなったらリディに勲章を贈る必要があるなと、スフィーダは本気で考えている。


 もちろん、スフィーダもゴキブリは苦手である。

 まあ、好きな者などいないだろう。


 だが、物知りの最側近いわく、そうではないらしい。


「観賞用として飼っているニンゲンもいると聞いたことがございます」


 ヨシュアが言っていることが事実なのであれば、その飼い主とは相容れそうにない。

 そう思うしかないスフィーダだった。


 ゴキブリ。

 彼奴はある意味、最強だ。

 あるいは、嫌われ者界のヒーローとでも呼ぶべきか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 大昔。 その頃もうスフィーダは生まれていたりはしないのだろうか……! 二千年っていうとローマのアウグストゥスの時代から現代くらいまでの間……考えるとエグい長さ……! でもゴキブリの大きさは…
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