第248話 妹のために。
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夕刻。
椅子の上には短髪の少年の姿、名はリクス、十五歳だという。
クリーム色のTシャツに同色のズボンという粗末な身なり。
そして、金属製の手錠。
一方、玉座の上のスフィーダ。
話の切り口を探るものの、のっけの言葉をいまいち決めかねている。
だから腕を組み組み、顎に右手をやり、いまだ無言のままでいる。
リクスがぽんと「スフィーダ様」と呼び掛けてきた。
変声期前を思わせる高く澄んだ響き。
端正な顔立ちに似つかわしい声だと感じられた。
スフィーダは「なんじゃ?」と問うた。
リクスはうきうきした様子で「俺が何人殺したと思います?」と逆に訊ねてきたのだった。
「囚人なのはわかる。じゃが、殺しだとは思わなかった」
「イイ奴に見えたりしますか?」
「悪い奴には見えぬ」
リクスは右の手のひらを見せてきた。
「ちょうど五人です。男子ばかり五人、殺しました」
スフィーダの表情は必然的に悲しみに満ちて。
「どうして、そのような真似をした?」
「五人は五人とも、俺より二つ下です。そして連中は仲良しだった」
「なぜ殺したのかと訊いておる」
「俺には二歳年下の妹がいました」
「……いました?」
「そうです。過去形なんです」
苦笑のような表情を浮かべたリクス。
「妹は死んだんです。ナイフで自分の首を傷つけて」
「そうなるに至った経緯を教えてもらいたい」
「あれ? もうほとんど話したつもりなんですけれど?」
「そなたの妹……名は?」
「リンです」
しばしのときを経てから、スフィーダは「……残念じゃったの」とだけ述べた。
するとリクスは「あははははははっ!」と大爆笑して。
「残念の一言で済みますか? 済むわけありませんよねぇ? あはははははははっ!」
「あまり、先は聞きたくない」
「もういいですよ。はっきりさせます。俺の妹はねぇ、リンはねぇ、マワされたんですよ。だったら、だったら、ソイツらのこと、フツウは殺してやりますよねぇ?」
「そうすることで、妹が、リンが、救われるとでも思ったのか?」
「なにもしないよりはマシだと思いましたぁ」
「そうか……」
リクスは両手を持ち上げ、額に手錠を押し当て、「俺はなにも間違っていないと思うんだけど……」と、つぶやき、目を閉じた。
「ヒトを殺すことを正当化すれば、この世は終わってしまう。リクスよ、違うか?」
「正当化しようだなんて思っていません。ただ、俺の起こした行動は、やっぱり間違いじゃないんだって思います」
「……悲しい思考じゃ」
「でも、俺は俺が殺した奴らの家族に謝るつもりはないですよ」
「じゃったら――」
「そうですよ。こんな俺でも、いえ、こんな俺だからこそ、きちっと裁けばいい。だけど、この国においては少年法というものが働いて、だから俺は死刑になったりはしないんです。そのうち、また外の空気を吸うことになるんです」
「問題提起をしておるのじゃな?」
「そんなつもりはないですよ。事実だけをお知らせしました」
「そなたは処罰されることで死にたいのか?」
「その考え、どこか間違ってますか?」
「改めてになるが、リンの魂を救うためにやったこということは、痛いほどよくわかる」
「繰り返します。奴らを殺したことについてはなんの後悔もありません。でも、でも……そうですよ、スフィーダ様。俺は俺を裁いてほしい。死刑というかたちで裁いてほしい」
「そなたは身勝手な理由で他者を裁いた。殺すというかたちで裁いた。そんな自分が裁きを受けることも、また当たり前だと考えている」
リクスはまた目を閉じると、俯いた。
「だから、俺は俺を裁いてほしいんだよ……」
「わしもそれが正しいことだと思う」
「妹はメチャクチャかわいかったんです。お兄ちゃん、お兄ちゃんって言って、いつも俺を頼ってた」
「……うむ」
「これは、ヴィノー様に言ったほうがいいのかな?」
ヨシュアが「なんでしょう?」と訊いた。
相変わらず、彼の口調は淡々としている。
「お願いです。少年法を見直してください。厳しいものへと変えてください」
「そうすれば、犯罪は未然に防げると?」
「そうです。その上で、俺みたいな犯罪者を殺せるようにしてください」
「それは私にする話でもありませんね」
「やっぱり、そうですか?」
「ええ。セラー首相に訴えるべきかと思います」
「だけど、俺にはそんなこと、できっこないから」
「リクス、貴方に一つだけ伝えたい」
「それって、なんですか?」
「貴方の立場にあったら、私も同様のことをしたように思います」
「慰めですか?」
「だったら、いいですね」
リクスは椅子から滑り落ちるようにして、赤絨毯の上に膝をついた。
「なにをしたところで、妹は戻ってこない。返してもらえない。だから俺は、死にたいんだ……っ」
涙声のリクス。
「死刑にしてくれよ。お願いだから」
「貴方のようなニンゲンを守るために、少年法はあるんですよ」
「守られたくないって言ってるんだっ」
「立ち上がりなさい、リクス。立って現実と向き合いなさい」
「言うほうは簡単だよな」
「ええ。その通りです。その旨、知っていながら、あえて言っています」
「……わかったよ。わかったから」
「納得していただけたなら幸いです」
「スフィーダ様、それにヴィノー様。二人に会いに来たのは失敗だった」
「前向きになってしまったからですか?」
「そこまでは言わない。俺は地獄の鬼に足を引っ張ってもらいたいんだから」
「生きなさい」
「今度は命令ですか?」
「命令です」
「……わかった。そうして、みます」
リクスは自らの足で、しっかりと立ち上がった。
「どうしてもつらくなったら、また来ると思う。それでもいいかな?」
「かまいませんよ。だから金輪際、死にたいなどとは考えないように」
意外と気持ちよく踵を返したリクス。
少年法の問題点、あるいは穴を指摘してみせた彼のことは、尊重しなければならないのかもしれない。
リクスとリン。
もはやつながることのできない関係だが、それでも幸あれと思うのだ。




