第242話 油断。
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いつでも炎の竜を放てるよう両手を後ろに引き絞ったまま、バリアを張る。
それはスフィーダ自身を中心に据えた、球を成している。
通常の薄紫のものではない。
触れた相手を瞬時に焼き尽くす、灼熱の火をまとった障壁だ。
彼女に対して近距離での戦闘を試みた者は、途端に灰と化す。
スフィーダはバリアの前方にだけ、穴を設けた。
そこから炎の竜を一体ずつ放った。
つい、拍手しそうになった。
見事だ。
ダークロードは氷の狼で竜を相殺してみせたのだ。
だてに”不死者の王”を名乗ってはいない。
そこそこ強いのだ。
そう。
そこそこでしかない。
魔女の力を前にしては、ダークロードのきらめきも色褪せたものとなる。
スフィーダは左右の手でボールでも放り投げるようにして、炎の竜を連発する。
ダークロードはやはり氷の狼で迎撃するものの、やがては火力に押され、バリアで受けざるを得なくなった。
なにせ魔女の攻撃だ。
完全に凌ぎ切るなんてことはできっこない。
だからダークロードは、後方に退きながら、幾重にもバリアを展開する。
当然、炎の竜は突き進むことををやめはしない。
順繰りにバリアに噛みつき、その一つ一つを食い破ってゆく。
このままの状況が続けば、間違いなく力で押し切ることができるだろう。
少々余裕ができたので、振り返ってみた。
低いところで、ヨシュアが赤備えの相手をしている。
一方、高いところでオスカーとぶつかり合っているのはフォトンだ。
問題はないように見える。
フォトンと互角に渡り合っているオスカーのことが多少は気になるが。
振り返ることをやめ、正面に向き直る。
炎の竜に左腕を食いちぎられたダークロードが「グオォォォッ!」という重低音の悲鳴を上げたところだった。
だが、まだ骸骨の魔法使いが多く残っている。
離れたところから、ちびちびとしたみみっちい攻撃を仕掛けてくるのだ。
それがうっとうしいから、スフィーダは両手を左右に広げた。
バリアを完全に解除。
両手から糸を引くような赤い光線を放ちつつ、駒みたいにくるりと一回転した。
すると、周囲の敵は光に焼かれ、あっという間に消失したのだった。
宙を滑るようにして、スーッと前進したスフィーダ。
ダークロードに声が届く位置にまで至る。
「チェックメイトじゃな」
「いいや、そうでもない」
「ほぅ。この期に及んで強気なことじゃの」
「強気なだけではない。後ろを見てみろ」
「なに?」
振り返るなり、スフィーダ、びっくりしてしまった。
五メートルもない先に、オスカーが浮かんでいたのだ。
魔法で作り出したであろう銀色の剣を、まさに振りかぶっているところだった。
咄嗟のバリア。
間に合った。
バリアが剣撃を封じた。
次の瞬間、まずいと感じた。
ダークロードに攻撃の暇を与えてしまった。
至近距離でオスカーの攻撃を遮りながら、前に向き直った。
口をがぱっと開けているダークロードの姿があり、白い光線がすぐさま迫ってきた。
今度という今度は間に合わない。
ここで死ぬ?
死ぬのか……?
恐怖を覚えた。
死というものが、怖くなった。
それでも、目を逸らすことなく受けてやろうと思った。
矜持は捨てない。
それは揺るがない決意だ。
しかし、光線で目の前が真っ白になりつつある中、とてつもないスピードでヒトが割り込んできて……。
スフィーダは叫ぶ。
「フォトン!」




