第241話 予期せぬ攻防。
◆◆◆
日曜日の夕方。
スフィーダは私室にて、結構すけすけの黒色のドレスに着替えた。
さらには黒いヒールをはいて、そしたら準備は万端だ。
殺伐とした戦場に一輪の黒薔薇を。
彼女はそんな思いでいる。
私室から出ると、玉座のかたわらにヨシュアの姿が見えた。
彼は腕を組んでいるようだ。
ひょっとすると我が側近は、難しい顔をしているのではないか。
そう思い、スフィーダはヨシュアの隣にぴょこんと並ぶと、率直に「懸念事項でもあるのか?」と訊ねた。
「やはりお供いたします」
「それは反則じゃ」
「ダークロードがなんの手も打たずに事に臨むとは考えにくい」
「だからといってじゃな」
「私は結論を述べています」
「やれやれ。強引じゃの」
「私とフォトンが同行いたします」
「フォトンもなのか?」
「彼は私の一存で動かせますから。ああ、ちょうど来ましたね」
赤絨毯の先の大扉が開き、フォトンが入ってきた。
相変わらずの熊のような巨体。
彼の姿を目にしただけで、スフィーダの頬は緩むのだ。
「間違っても、手出しをするでないぞ?」
「かえすがえすになりますが、ダークロードだって腕利きを連れてくるはずです。いざというときのために」
所定の位置で、フォトンが片膝をついた。
スフィーダはたたと駆けて彼に近づく。
その太い首に両腕を巻きつけてやった。
やがてヨシュアが隣に立った。
「陛下。イチャイチャするのは事後にしてくださいませ」
「わかっておる。飛ぶぞ」
フォトンとともに立ち上がったスフィーダは、移送法陣を使う。
飴色の筒で自らを含めた三人を早速、包む。
行き先はもちろん、ダークロードとの待ち合わせ場所だ。
◆◆◆
えらく蒸し暑い。
森の中だ。
三十メートルほど先に、ダークロードの姿がある。
どこから持ち出してきたのか、玉座と呼べる大げさな椅子に座っている。
ヨシュアの予想は的中だ。
ダークロードの左右はずらりと骸骨の兵が固めている。
たかが骸骨兵、されど骸骨兵。
位は高そうだ。
みながみな、黒いマントを身につけている点からそう言える。
「おい、ダークロード。一対一ではなかったのか?」
「おまえだって、供を二人も連れているではないか」
「開き直るな。わしはおまえの不誠実さを指摘しておる」
「どうあれおまえを始末できればいいと考えている。おまえが死ねば、プサルムは傾くに決まっている。さすれば、世の大国は曙光とアーカムのみとなる」
「”不死者の王”は決め手を欠いていると耳にしたが?」
「おや。それは誰から聞いた?」
「オスカー・オビロワという若い男からの情報じゃ」
ダークロードが、カッカッカと笑った。
「そうか。アイツが言ったのか」
「笑うところではないように思うが?」
「いいや。笑うところだ。オスカーはうまく立ち回ってくれたようだ」
「なにを言っておるのじゃ?」
「今一度、告げてやろう。おまえを潰すことができれば、この一件は大成功だ」
ダークロードが上下に大きくがぱっと口を開いた。
喉の奥から飛び出してきたのは、白く太い光線だ。
無論、それくらいは余裕で凌ぐスフィーダである。
薄紫のバリアを展開し、最後まで防ぎ切った。
彼女はダークロードに右手を向ける。
お返しとして、火の玉をボッボッボと放った。
ダークロードがびゅんと飛翔した。
おつきの連中も舞い上がる。
当然、スフィーダはあとを追う。
ヨシュアとフォトンもついてきた。
◆◆◆
三十メートルほどの距離を保ち、対峙しながら、スフィーダは言う。
「炎を吐いたり光の線を吐いたり、おまえの口はほんに便利じゃの」
「かったるい世辞だ」
「阿呆を抜かせ。からかっておるのじゃ。さて、どうする? ウチの二人は最強レベルのニンゲンじゃ。戦力的にはおまえ達のほう確実に劣っておるぞ?」
「ヴィノー閣下と、もう一人はどこの誰だ?」
「フォトン・メルドーじゃ。知らぬか?」
ダークロードがまたカッカッカと笑った。
「そうか。ソイツがメルドー少佐か」
「なんじゃ。なんだかんだで知っているのではないか」
「ある程度の情報は知る立場にある」
いよいよおっぱじめるべく、スフィーダは改めてダークロードを睨みつけると身を低くした。
「ゆくぞ、ダークロードよ。おまえはここで朽ち果てるがいい」
するとダークロードは大きな右手を前に向けて広げ。
「まあ、そう急くな。もうすぐだ。もうすぐ、来る」
「来る? 誰がじゃ?」
「聞こえないか? おまえ達に敗北をもたらす軍靴の音が」
「ダークロード、おまえはいったい、なにを言って――」
背後にざわと気配を感じた。
敵を前にしているにもかかわらず、咄嗟に振り返った。
◆◆◆
大がつくほど巨大な移送法陣、飴色の筒。
中から飛び出してきた多くのニンゲンは、揃って赤い軍服に身を包んでいた。
まさか、赤備え!?
曙光の兵隊!?
闇が舞い下りつつある中でも、先頭に立っているニンゲンは確認できた。
それは、茶色いコートですっぽりと身を覆っている、オスカー・オビロワだった。
オスカーは言う。
「申し訳ありませんが、スフィーダ女王陛下、今夜ここで、貴女は命を落とすことになっています。ご覧の通り、俺は移送法陣がことのほか得意なんですよ」
「この痴れ者がぁっ!!」
「ほら、俺に気を取られていていいんですか? ダークロードが来ますよ?」
スフィーダは前に向き直った。
らしくもない。
自分は少し、ほんの少し取り乱しているようだと、彼女は思う。
ダークロードの白く太い光線は、ヨシュアがバリアを張ってやり過ごした。
「陛下、一旦、退きましょう」
「馬鹿を言うな! 面倒事を一気に片づけるチャンスではないか!」
「赤備えの力量がわかりません」
「奴らはおまえとフォトンでなんとかせぃっ!」
「しかし――」
「これは命令じゃ!」
炎の竜を放つべく、両手を後ろに回したスフィーダ。
途端にダークロードは後退、素早く距離をとった。
骨でできた魔法使いやら剣の兵らが、スフィーダを取り囲まんと動き出した。




