第240話 青年の名はオスカー。
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一日の業務、すなわち謁見者の対応を終えると、ヨシュアは玉座の間から足早に立ち去ったのだった。
ヨシュアが戻ってきたのは、スフィーダが夕食をとっている最中のこと。
「失礼いたします」
ヨシュアはそう言って、スフィーダの向かいの席についた。
「なにか急ぎの用事でも生じたのか?」
「骸骨騒ぎに関する報告を受けていました。急ぎというわけではありません。定例的なことでございます」
「彼奴らは見事に拡散しておるのか?」
「そうでもないようです。一国に注力する格好で攻め込んでいるとのことです。最初に兵をばらまいたのは、恐怖のサイズを大きくするためだったようですね」
「恐怖のサイズ?」
「骸骨兵の存在が明るみに出れば、世界は彼らに対してビビりまくるでしょう?」
「怯ませておいて、ずどんというわけか」
「さようでございます」
スフィーダは「ふーむ」と息をついた。
一定の対応をされるのはやむを得ないと思うのだが、事実そうであるとむしゃくしゃしてしまう。
「昔のダークロードよりは、幾分、頭が回るようになったようじゃの」
「そうなのですか?」
「そうなのじゃ」
「攻め入られている国は待ったなしですが、このようなときにこそ、周辺国と手を取り合って、事に臨んでいきたいものです。そうすることで、明日は我が身という事態を回避できる」
「じゃが、それは難しいことではないのか?」
「肯定します。どの国も、自らの利益を最優先に考えますからね」
「それを悪とは――」
「断じます。少なくとも、私は」
◆◆◆
それから三週間。
一週間あたり一つずつ落とされ、だからダークロードに降った国は計三つ。
いよいよのっぴきならないぞと、世界中が騒ぎ始めた。
そんな折、土曜日。
オスカーと名乗る青年が謁見を申し込んできたと聞かされた。
休日なのでフツウなら断るところだが、オスカーは「骸骨のことで相談が」と興味深い話題を投げ掛けてきたとのこと。
その知らせがヨシュアの耳に入り、結果、玉座の間で会うことになったというわけである。
茶色いコートにすっぽりと身を包んだ青年。
赤絨毯の上を堂々と歩いてくる。
なかなかのイケメンだ。
紅茶色の瞳が目を引く。
オスカーは所定の位置で立ち止まると、片膝をついた。
「オスカー・オビロワです。お目通りがかなったこと、嬉しく思います」
「よいぞ。面を上げよ」
「はっ」
顔を上げたオスカー。
やはりかなりの美青年である。
オスカーは椅子に腰掛けた。
脚を組んだりしない。
きちんとした若者であるようだ。
「骸骨らの件で話したいことがあると聞いたが?」
「そうです。お知らせしたいことがあります」
「申してみよ」
「ダークロード、彼は次の標的をここ、プサルムに絞ったようです」
ダークロード。
その名を知っているという点から、真実味のある情報を携えてきたことがわかった。
「また急な話じゃの。奴は外堀から埋めていくようなことをのたまっておったのじゃが?」
「三国を奪ったことは事実です。しかし、思っていたよりずっと、兵の消耗が激しいとのこと。ダークロードの悲願は世界の支配ではありますが、のんびりやっていると、逆に追い込まれかねない」
「その旨、事実だとすると、悲しい戦争に手を染めているに過ぎんの。じゃが、不死者の島に引っ込んでいる限り、自らの保身にあたっては無敵のはずじゃ」
「今の立場に飽いたということです」
「飽いたから、どうするというのじゃ?」
「ダークロードはスフィーダ様との決着をつけたがっている。そういうことでございます」
「ほぅ。奴自身がそう言ったのか?」
「はい」
「じゃったら、相手になってやる旨、伝えてもらいたい。それはそうとして、オスカーよ」
「なんでしょうか?」
「そなたは不死者の島に出入りができるのか?」
「はい。移送法陣を使って、ですが」
「どうやって移送先をメモった?」
「俺は曙光のニンゲンです」
いきなりの告白に、スフィーダの胸の内はざわついた。
「曙光じゃと?」
「気に食いませんか?」
「まったくもってその通りじゃが、先を聞かせてみろ」
「ある日、我が国に骸骨の魔法使いが現れました。見た感じからして、かなりの使い手だということが窺い知れました。その彼の用事はとどのつまり、不死者の進軍を容認、あるいは黙認することでした。かなりの使い手だろうとは言いましたが、下っ端とする話ではありません。そこで俺が直接、ダークロードと面会することになりました。ダイン皇帝陛下の言葉を漏れなく伝達するためです」
「そなたは軍人か?」
「俺は皇帝陛下の側近の一人です」
スフィーダは俯き、ゆるゆると首を横に振った。
「そなたは自分がなにを言っているのか、そのへんわかっておるのか? 曙光が一枚以上噛んでいるのだとすれば、事は途端にこじれてくるのじゃぞ?」
「なにがどう転んでも、今、貴国を攻撃することはいたしません。俺はあくまでも、ダークロードの思いを伝えに馳せ参じたというだけです」
「わしに、プサルムに伝えてなんとする?」
「すべては世界のためです」
「そなたらが狩ってくれてもよいのじゃが?」
「最後っ屁くらい、受けて立ってやってはいかがですか?」
「よいことを言うではないか。わかった。ダークロードに言え。奴の寝床の南に無人島があるじゃろう? そこで決着をつける」
「わかりました。互いに供は連れない。それでいいですか?」
「そんなの当たり前じゃ」
「では、用事は済みましたので、俺はこれで失礼いたします」
「ダインの側近というのであれば、ここで殺してやってもよいのじゃがの」
「そうなる可能性は低いだろうと判断しました。相手は”慈愛の女王”なのですから」
オスカーは腰を上げると「では」と言い、移送法陣を使ってどこかへ行ってしまった。




