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第24話 無言の会話。

       ◆◆◆


 フォトンが一人で玉座の間を訪れたのだった。

 赤絨毯の上を歩いてくる。


 短い黒髪。

 怖いくらいに鋭い目つき。

 相変わらずの熊のような巨躯を、軍服である黒衣に包んでいる。


 いつもなら、その体躯に見合った特注の大剣を背に携えているのだが、今日はそうではない。

 丸腰だ。

 確かに帯剣の必要はない、まったくない。


 やがて、フォトンは片膝をつき、こうべを垂れた。


「お、お、おもてを上げよ」


 スフィーダ、思い切りどもってしまった。

 緊張している、してしまっているのだ。


 侍女はいない。

 ヨシュアも席をはずしている。

 だから、本当に二人きり。


 スフィーダ、フォトンとの距離が遠いなと感じた。

 次の瞬間、なぜだろう、気持ちがふっと楽になった。


 今日はもっと近くで話したい。

 もっと近くで接したい。

 そう思った。


 妙にフォトンの匂いを嗅ぎたい。

 妙にフォトンに触れたい。


 心のたががはずれてしまったような気分。

 女王という立場を忘れてしまいそうになる。

 否、忘れたくなる。

 一人の女でありたくなる。


「こちらに参れ」


 自然にそう言えた。


 短い階段を上ってくるフォトンを、スフィーダは立ち上がって迎える。

 大きすぎるくらい大きなその左手を、スフィーダは右手で掴んだ。

 そのまま引っ張るようにして歩いて、二人で彼女の私室に入った。


 手をつないだまま、ベッドの端に腰掛け、並ぶ。

 見つめ合う。


 鋭すぎる目をしているのは確かなのだが、顔立ちは端正なのだ。

 こんな天使がいたっていい。

 そう思わせるくらいに。


 無言、無言、無言。


 フォトンが最後に口を利いたのは、もう五年も前のこと。


 そのとき、フォトンは病床にあった。

 そして、見舞いに訪れるなり泣きじゃくり、彼の手を握り締めたスフィーダに対して、こう言った。


 「ダ、イン、次は、仕留め、る……」


 その言葉で、フォトンが起こした行動のすべてが発覚、露見した。


 ダイン。

 それは曙光を統べる皇帝の名だ。


 曙光がある大陸はローラという。


 そのローラにおいて、ダインは自らを”魔女の子”と称し、一時期、大立ち回りを演じた。

 彼に抵抗を示した者は魔女を含め、ことごとく殺されたという。


 当時、十八歳だったフォトンは、プサルムがある大陸ノキアから一人で海を渡り、曙光へと入った。


 軍にはおろか、親しい者にすら知らせなかった独断専行。

 狙いはスフィーダを殺害できる可能性の排除。

 すなわち、彼の目的はダインの暗殺だった。


 ダインが住まうは空に浮かぶ謎めいた城、天空城。

 驚くべきことに、フォトンはダインと対峙するまでに至った。


 しかし、結果として、喉をやられた。

 移送法陣でなんとか帰還した。

 事の顛末は、そういうことであるらしかった。


 スフィーダ自身が抱える特殊性。

 そこにフォトンは、はかなさを見ている。

 だから、愛してもらえるのだろうと彼女は考えている。


 本当にフォトンのことが愛おしい。


 フォトンの膝の上に乗り上げる。

 喉の傷にそっと指を這わせ、それから彼の胸に身を寄せた。


 無言、無言、無言。


 抱き締めてほしいと思っていると、片手で背を抱いてくれた。

 そっと、そっと、抱いてくれた。


 甘美な時間に、スフィーダの小さな体は蕩けてしまいそうだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 無言の会話いいですねぇ。 フォトンは儚さに惹かれているのか。素敵です。 下の方の感想を見ましたが、キャラの作り込み十分に出来ているように思います。とても勉強になります^_^
[良い点] スフィーダとフォトンの再会は、大人な雰囲気でドキドキしました。 スフィーダの立場や能力は彼女自身を縛るものでもあって、そんな中でも精いっぱいフォトンを想っているスフィーダは、とても魅力的で…
[良い点] 人物の個性が立っているところ。 一話ずつ印象深い人物が登場して、爪跡を残していくようです。 軽い、柔らかい文章で端的に描かれているところは見習いたいです。 また会話のやりとりで関係性や性格…
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