第24話 無言の会話。
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フォトンが一人で玉座の間を訪れたのだった。
赤絨毯の上を歩いてくる。
短い黒髪。
怖いくらいに鋭い目つき。
相変わらずの熊のような巨躯を、軍服である黒衣に包んでいる。
いつもなら、その体躯に見合った特注の大剣を背に携えているのだが、今日はそうではない。
丸腰だ。
確かに帯剣の必要はない、まったくない。
やがて、フォトンは片膝をつき、頭を垂れた。
「お、お、面を上げよ」
スフィーダ、思い切りどもってしまった。
緊張している、してしまっているのだ。
侍女はいない。
ヨシュアも席をはずしている。
だから、本当に二人きり。
スフィーダ、フォトンとの距離が遠いなと感じた。
次の瞬間、なぜだろう、気持ちがふっと楽になった。
今日はもっと近くで話したい。
もっと近くで接したい。
そう思った。
妙にフォトンの匂いを嗅ぎたい。
妙にフォトンに触れたい。
心のたががはずれてしまったような気分。
女王という立場を忘れてしまいそうになる。
否、忘れたくなる。
一人の女でありたくなる。
「こちらに参れ」
自然にそう言えた。
短い階段を上ってくるフォトンを、スフィーダは立ち上がって迎える。
大きすぎるくらい大きなその左手を、スフィーダは右手で掴んだ。
そのまま引っ張るようにして歩いて、二人で彼女の私室に入った。
手をつないだまま、ベッドの端に腰掛け、並ぶ。
見つめ合う。
鋭すぎる目をしているのは確かなのだが、顔立ちは端正なのだ。
こんな天使がいたっていい。
そう思わせるくらいに。
無言、無言、無言。
フォトンが最後に口を利いたのは、もう五年も前のこと。
そのとき、フォトンは病床にあった。
そして、見舞いに訪れるなり泣きじゃくり、彼の手を握り締めたスフィーダに対して、こう言った。
「ダ、イン、次は、仕留め、る……」
その言葉で、フォトンが起こした行動のすべてが発覚、露見した。
ダイン。
それは曙光を統べる皇帝の名だ。
曙光がある大陸はローラという。
そのローラにおいて、ダインは自らを”魔女の子”と称し、一時期、大立ち回りを演じた。
彼に抵抗を示した者は魔女を含め、ことごとく殺されたという。
当時、十八歳だったフォトンは、プサルムがある大陸ノキアから一人で海を渡り、曙光へと入った。
軍にはおろか、親しい者にすら知らせなかった独断専行。
狙いはスフィーダを殺害できる可能性の排除。
すなわち、彼の目的はダインの暗殺だった。
ダインが住まうは空に浮かぶ謎めいた城、天空城。
驚くべきことに、フォトンはダインと対峙するまでに至った。
しかし、結果として、喉をやられた。
移送法陣でなんとか帰還した。
事の顛末は、そういうことであるらしかった。
スフィーダ自身が抱える特殊性。
そこにフォトンは、はかなさを見ている。
だから、愛してもらえるのだろうと彼女は考えている。
本当にフォトンのことが愛おしい。
フォトンの膝の上に乗り上げる。
喉の傷にそっと指を這わせ、それから彼の胸に身を寄せた。
無言、無言、無言。
抱き締めてほしいと思っていると、片手で背を抱いてくれた。
そっと、そっと、抱いてくれた。
甘美な時間に、スフィーダの小さな体は蕩けてしまいそうだった。




