第234話 ティターンとの対話。
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玉座のそばに設けさせたテーブル席にて、食後の紅茶を楽しんでいるところである。
「陛下、ご出席されますか?」
「む。なんの話じゃ?」
「ああ、お伝えしていませんでしたか」
「おまえの頭の中では伝えたことになっていたのか?」
「らしいです」
「はっきり言うでない。ボケ老人でもあるまいに」
「それは暴言です。全国のボケ老人の方々に謝罪してください」
「ちょ、ちょっと待て。おまえもボケ老人言うとるではないか」
「気のせいでございます」
「阿呆を抜かせ」
「阿保呼ばわりされたことについて、抗議します」
「この会話に終わりはあるのか?」
「陛下が口をお開きになる限りは」
「だったらやめじゃ」
スフィーダ、嘆息。
「で、なにに出席するしないの話なのじゃ?」
「北の北、ティターン連邦の大統領、リエン・ヴァイス氏がお越しになるようです」
「ティターンのリエン?」
「ご存じですか?」
「いや。まったく知らん。なにせ、世事に疎い女王陛下じゃからの」
スフィーダはそう答えると、カップに口をつけた。
無論、優雅に、である。
「単に親睦を深めようとか、そんな話か?」
「私はそう聞いています」
「親睦を深めにゃあならん理由でもあるのか?」
「そのへんはまあ、いろいろと想像できますが」
「その想像できることとやらをを言ってみろ」
「やめておきます。長くなりますから」
「長話は好かん」
「でしょう?」
「うむ」
「ご出席しますか? しませんか?」
「するぞ。やっぱりわしは、暇じゃからの」
「三日後、水曜日にお越しになります」
「了解じゃ」
◆◆◆
他国の首脳らとの会談を行う際に使われるのは、主に城内にある天井の高い一室である。
長いテーブルを挟んで、ああだこうだとしゃべるわけだ。
年を通してそういった行事は執り行われているにもかかわらず、これまでのあいだ、スフィーダは特段、必要とはされなかった。
だから、最近、参加できるようになって、彼女は少々嬉しいのである。
国の今後を決めるような立場であってはいけないと自覚しているものの、行く末を見守るくらいはしたいのだ。
スフィーダは、静かに立って待っていた。
そのうち、首相であるアーノルド・セラーを先頭に、ぞろぞろとヒトが入ってきた。
両国の代表者がいよいよ訪れたというわけである。
ティターン側の出席者達が、テーブルの向こうにずらっと並ぶ。
プサルムのニンゲンらと向かい合う。
両者はそれぞれ礼をし、スフィーダもお辞儀をした。
上体を起こす。
スフィーダの席は、アーノルドの左隣だ。
なかなかのポジションである。
スフィーダは自分のために用意された少々高さのある椅子に、よいしょと腰掛けた。
彼女の左隣には、ヨシュアが座る。
まず、先方の代表団、その中央の席についた若い男に目が行った。
漆黒の背広に身を包んでおり、黒い髪は短く、青い瞳は大きく、言ってみればしゅっとした美丈夫である。
ミュージカル俳優だと言われても驚きしない。
名前と年齢は聞かされている。
リエン・ヴァイス、三十歳。
ティターン連邦は世界でも指折りの大国だ。
そんな国のトップが、まだ三十歳とはびっくりである。
数か月前までは二十代だったわけだ。
だから尚のこと、恐れ入る。
リエンがまず目線を向け、声を掛けてきた相手、それはスフィーダだった。
「スフィーダ様、ご出席いただけるとは思いもしませんでした。ありがとうございます」
「出席するくらいなら、いくらでもします」
その返答がよくなかったらしい。
ヨシュアが咎めるような流し目を寄越してきた。
「えぇっと」
スフィーダ、頭をひねり、言い直すことにした。
「出席するだけなら、経費はかからないと思いました」
自分でもそれとわかる微妙な回答だったのだが、案の定、また流し目によって、ヨシュアに叱られてしまった。
もはや「……黙ります」くらいしか言えないのである。
リエンは「失礼」と断ってから、クスクスと笑ってみせた。
「では、話を始めましょうか」
場の空気をパッと切り替えるような口調で、アーノルドは言った。
そうできるあたり、彼の能力だ。
「議題は特にないとの認識ですが、ヴァイス大統領、間違いありませんか?」
「はい。間違いありません」
理知さと落ち着きを感じさせる返事だ。
しかし、なんだろう、リエン・ヴァイスという男に対しては、斜に構えている感を覚えてしまう。
考えすぎ、あるいは敏感すぎるだろうか。
リエンは言った。
「ついに国境を接するまでに至ったわけです。仲良くしようと挨拶に伺うのは当然のことでしょう?」
棘があるとまでは言わないものの、少々嫌な言い方に聞こえた。
こういう場に慣れた者ばかりが出席しているわけだ。
プサルム側の他のニンゲンだって、それは感じ取ったことだろう。
「ハインドとビーンシィは同盟国です。グスタフの件もご存じかと思います。復興支援に注力します」
アーノルドはそう答えた。
「セラー首相、それこそ、グスタフについては、ハインドとビーンシィの両国家に任せたいと?」
「将来的にはそうです。いけませんか?」
「いけないなどとは言いません。ですが、同盟国同士であるわけです。ならば、最終的には、国境をまたぐまたがないの話になるのでは?」
プサルム側の代表らが気色ばむ様子が、肌を通して伝わってきた。
この会談は思いのほか重要になるかもしれない。
スフィーダはそう感じた。




