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第23話 大浴場にて。

       ◆◆◆


 城の敷地内には大浴場がある。

 床や壁、それに浴槽にも大理石が用いられた、なかなか豪奢な施設だ。

 利用できるのは城で業務に従事する者、加えて城に出入りができる軍人や文民といったところ。

 身を綺麗にすることよりも、社交場としての色合いのほうが強い。


 スフィーダは週に一度、日曜日にだけ訪れる。

 毎日訪れたいところではあるものの、なにせ彼女は女王陛下であるわけで、だからあまり頻繁に顔を出すと、他の入浴者に気を遣わせてしまうことになる。

 よって、普段は私室のバスルームを使っているのである。


 今日は嬉しい日曜日。


 髪用と体用、それぞれの石鹸と白いタオルが入った桶を小脇に抱え、侍女を二人従えて、目的の大浴場へと入った。


 脱衣所でシルクの白いワンピースを脱ぎ、風呂場に出る。


 誰もいないのでスフィーダ、思わず「むぅ」と唸る。


 やはり気を遣われている?

 それとも時間が悪かった?


 恐らく後者だろう。

 日曜日の真昼間から風呂を楽しもうなどという者は少ないように思われる。


 裸の付き合いという行為そのものが、スフィーダは好きだ。

 だから、また夜に飛び入り参加してやろうかなと考える次第である。


 髪と体を洗う。

 それから浅いほうの湯船に浸かる。

 スフィーダの座高を考慮して設計された浴槽だ。

 作らせたのは自分であるわけだから申し訳のなさを感じつつも、作ってもらったことには感謝をして、彼女はいつもありがたく湯をいただいている。


 折りたたんだタオルを頭にのせたところで、思わず「ふぃーっ」なんて吐息まじりの声が漏れた。

 よいのだ。

 実に気持ちがよいのだ。


 そんなふうにして入浴を楽しんでいると、出入り口より続く通路からヒトが入ってきた。


 豊かな茶色い髪。

 張りのある大きな乳房。

 肉感的な太もも。

 妖艶すぎる美貌を誇るその人物は、フォトン・メルドーと部隊をともにしている、ヴァレリア・オーシュタハウトゥである。


 ヴァレリアはスフィーダを見て、にこりと微笑んだ。


 スフィーダ、ドキドキし始める。

 その必要はまったくないのに、緊張してしまう。

 彼女はなんとなく、ヴァレリアのことが苦手だ。


 そう。

 なんとなくだ。

 ヴァレリアが美しい女性で、フォトンに最も近い部下だから、多少の悔しさみたいな感情もある。


 ヴァレリアは静かに掛け湯ををすると、スフィーダの右隣に座り、タオルを頭にのせた。

 だから、彼女はますます緊張してしまう。

 しかし、なにもしゃべらないのもいかがなものかと思い、口を開くことにした。


「ヴァ、ヴァレリアよ。北の備えから戻っておったのか」

「はい。つい先ほど」

「それで、早速、風呂とな?」

「いけませんか?」

「そ、そんなことはない」

「こたびの任務は、それなりにハードでございました」

「リヒャルト・クロニクルじゃったな?」

「はい」

「部隊もやはり手ごわいのか?」

「筋肉質な御一行でございます。兵士の数は多くありませんが、みな、よく訓練されておりました」

「ご苦労じゃった」

「恐縮でございます。ところで陛下」

「ん?」

「実は、私のことなどどうでもよいのでございましょう?」

「な、なんじゃ、やぶからぼうに」

「いえ。少佐のことについて、お聞きになりたいのではと思いまして」

「そそ、それはじゃな」

「少佐は陛下が風呂から上がられるのをお待ちです」

「そ、そうなのか?」

「せっかく帰還したわけです。真っ先に会いたいと考えるのは当然のことかと存じます」


 スフィーダ、頬に熱を感じてしまう。


「し、しかしヴァレリアよ、おまえはそれでよいのか?」

「というと?」

「おまえは、えっと……フォトンめに、その……」

「ええ。それはもう盛大に惚れております」

「じゃったら」

「嫉妬の一つくらいしてみろ、と?」

「そ、そこまでは言わんが」

「私は今の関係には、それなりに満足しております」

「関係?」

「泣いてせがんだところで、少佐は首を縦に振ってはくれないでしょう。ですが」

「ですが、なんじゃ?」

「戦に身を置いている際の少佐は、ときとして獣と化します。そうなったら、あらゆる欲求の権化となり……。暴力欲は無論のこと、果ては肉欲、性欲まで……」

「は、激しく求められるということか?」

「裏を返せば、それだけの関係とも言えます。戦闘より疲弊してしまうこともございますが」


 戦闘よりも疲弊してしまう。

 その言葉を聞いていろいろと想像してしまい、スフィーダの顔は、いっそう、熱を帯びた。


「さあ、陛下。少佐と存分にコミュニケーションを」

「う、うむ」


 スフィーダは立ち上がった。

 彼女の体を包み込んでいるのは、確かな火照りだった。


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