第229話 レオはしきりに。
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レオ・アマルテア准将の軍が、再びハイペリオンの領土に侵入した。
スフィーダがその旨を伝え聞いたのは、事が起きてから二日後のことだった。
「またか。レオはつくづく思い切ったことをしてくれるのぅ」
昼食後の紅茶を楽しんでいる最中にあって、スフィーダは吐息をついた。
深刻だとは思っておらず、むしろ口元を緩めている彼女である。
レオは理知的で賢いに違いないのだが、ときどき短絡的で感情的な一面も見せる。
まったく、面白い女子である。
ヨシュアでなければ重用しなかったかもしれないが、そのうち、力でのし上がっていたことだろうとも考えられる。
遅れて食事を終えたヨシュアも、カップに口をつけた。
「気掛かりなことがないかといえば、実はそうでもなかったりするのですが」
「そうなのか?」
「レオ准将はハイペリオンに対して、私怨を持っています」
「それは言わずもがなじゃろう?」
「踏み込みすぎるのではないか。そう危惧しているということです」
「まあ、その線がないとは言い切れんじゃろうな」
「ちまちまとちょっかいを出すのは、戦争においては無意味です」
釘を刺すことにいたします。
ヨシュアはそう言うと、またカップに口をつけた。
◆◆◆
「レオ・アマルテア、参りました」
レオは所定の位置で片膝をつくと、スフィーダの指示に従い、顔を上げた。
「レオよ、よいぞ。椅子に座ってくれ」
「はっ」
ヨシュアが「そこまで急ぎの用ではない。私はそう伝えたつもりですが?」とレオに訊ねた。
すると「はい。そのように解釈したつもりです」と答えた彼女である。
「であれば、なぜ、移送法陣を使ったんです?」
「使っていません……などと言っても、すぐにばれてしまいますね」
「使用者はカーニーですね?」
「そうです。しかし、国際法に抵触する以外に、なにか問題が?」
「けんか腰ですね」
「どうあれ召喚命令には応じたわけです。それでよろしいでしょう?」
「こちらからハイペリオンの領土を侵す必要はない。その決め事を、貴女は二度も破った」
「気に入らないのであれば、降格させる、あるいは任務を変更する等、なんなりとお申しつけください」
「いえ。貴女には今のままでいてもらいますよ。手綱つけておいたほうが扱いやすいですからね」
「手綱ですか。ヴィノー閣下以外に言われたのであれば、私はそのニンゲンを焼くことでしょうね、こんがりきつね色に」
「ハイペリオンのことは、いずれなんとかします。というか、なんとかせざるを得なくなるでしょう。それまで待てませんか?」
「クソガマガエルが自然死してしまってからでは遅いのです」
「やはり怨念返しですか」
「それのどこが悪いのですか?」
ヨシュアは優しい目をして、レオは強い目をする。
そんな両者が視線を交わし合う。
観念したように吐息をつき、前髪を掻き上げたのはレオだ。
「やれやれ。だから閣下に会うのは嫌だったんですよ。毒気を抜かれてしまいますから」
「それならよかったです。私の目的は果たされました」
「現状、ハイペリオンより胡散くさい件はないと認識しています」
「それで間違いありませんよ。北のティターンは? 知っていますね?」
「かの国との関係性の話ですか?」
「ええ」
「現状、なにも問題はないと聞いていますが、あるいは……?」
「外交次第です」
「ほぅ。不穏になるケースもあり得ると?」
「私はそう踏んでいます」
「そちらも面白そうだ。となると、やはり、あまりクソガマガエルのことでまごつきたくはありませんね」
「そうでしょうね。貴女ならそう答える」
「ことのほか戦闘的であることは自覚しています。閣下、ハイペリオンのことに話を戻しても?」
「伺いましょう」
「もっと詳しい内情を知りたい。そこで、スパイを送り込んでいただきたい」
「その相談先は、私ではありませんね」
「ティーム・ブラック情報部長に直接話をしろと?」
「彼がいいと言えば、それはなかば無条件で許可されることでしょう」
「その意思決定には、閣下の意向も反映されるのでは?」
「情報部長次第だと言っています」
「食えませんね、貴方は」
「貴女もですよ、レオ准将」
椅子から腰を上げたレオ。
「わかりました。大人しくしています。今しばらくのあいだは、ですが」
「そうしてください」
「それはそうと、毒蛇は達者にしていますか?」
「毒蛇? ああ、ルナのことですね」
「ルナ?」
「カルテナンバー四十二では、あまりに寂しいと感じたものですから」
「だから私は、貴方が優しすぎると言うんだ」
黒いコートとともに身を翻したレオは、ハッハと声を上げて笑いつつ、去ってゆく。




