第218話 三国間条約。
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プサルムはこれまで通り力を貸す。
アーカムは新たに支援の輪に加わる。
ネフェルティティの阿呆みたいな強引さのおかげで、その旨が容赦なくまとまり、会談は終わった。
首相官邸の屋上。
ネフェルティティは気持ちよさそうに、前から吹く風を浴びている。
一方で、スフィーダはその隣で顎に右手をやり、難しい顔をしていた。
「余計な世話であったか?」
ネフェルティティが訊ねてきた。
「そうじゃな。まるっきりそうじゃ」
ぷいっとそっぽを向いたスフィーダである。
「あれがラニード・ウィルホークか。噂通り、藍色の男であったな」
「あの風貌と捻じ曲がった性格は、しばらく忘れられそうもないのじゃ」
「トリニティを前にして逃げた。理由はどうあれ、賢明な判断である」
「そのトリニティじゃが、おまえにしか扱えんのか?」
「そういうわけではない。投じた者のもとに必ず戻ってくる」
「重量は? 軽いのか?」
「幼女のわらわが苦にしない程度である」
「なんにせよ、奪われたら厄介じゃな。対策は? 講じておるのじゃな?」
「無論である」
ネフェルティティがそう言うのであれば、間違いないのだろう。
危機管理は万全なのだ。
保身と呼ぶのはいささか気が咎める。
「ネフェルティティよ、一つ聞かせろ」
「答えようぞ」
「おまえの最側近、ヨナ・ヴェルディじゃったか? あやつはどうした?」
「死んだ。先の緑の魔物との戦においてな」
「ふぅん。そうなのか」
「だからこそ、言いたい」
「なんと抜かしたいのじゃ?」
「ヴィノー閣下を、わらわは欲しておる」
「じゃから、やらんと言っておるじゃろうが。新しい最側近など、また見つけろ。以前、アーカムは人手不足なのじゃなとツッコミを入れた覚えはあるが、実際はそうでもないのじゃろう?」
「まあ、そうではあるな」
「とっとと帰れ」
「これは異な事。この国はいつからおまえのものになった?」
「メグは絶対に迷惑しておるぞ。おまえは空気すら読めんのか」
「もうずいぶんと前のことであるぞ」
「なにがじゃ?」
「いつかプサルムと矛を交えることになるやもしれんと、わらわは言った」
その言葉に嘘偽りのなさを感じ、スフィーダは思わずネフェルティティの横顔に目をやった。
警戒の視線を送る。
「本気で言っておるのではあるまいな?」
「わらわは絶対的な存在ぞ。従わぬ者など必要がない。従わぬ者になど、用はない」
「ネフェルティティよ、おまえは本気でわしを怒らせたいのか?」
「怒ればよい。しかし、おまえにわらわを言い負かすことができるのか? よりよい統治の手法はあるのかもしれぬ。だが、その点については誰も正しい解を持ち合わせてはおらぬ。これは奉仕ぞ。わらわ自らが泥をかぶり、タクトを振ろうというのである」
「傲慢なことじゃの」
「それは負け惜しみでしかない。そのくらい、わからぬのか?」
「おまえと話をすると、本当に頭の中が怒りで満ちてくる」
「たとえそうであろうと知っておけ。理解しておけ。わらわはとにかく無敵である」
「そうではないと思い知らせてやりたいところなのじゃが?」
「今、やり合う理由はない。せいぜい達者に生きることぞ。ヴィノー閣下、また会おうぞ」
「じゃから、おまえは!」
そんなスフィーダの大声を無視して、ネフェルティティは飛び上がった。
船着き場に停泊している自らの巨大飛空艇へと向かう。
「ネフェルティティ様は相変わらずでございますね。とにかく神々しく、また美しすぎるくらいに美しい」
「それは心の底から認めておるということか?」
「私の評価は、いつだって客観的なものでございますよ」
「じゃが、わしはどうしたって、奴のことが気に食わんのじゃ」
「とはいえ、ネフェルティティ様はネフェルティティ様で、苦労をなさっているご様子」
「なにをもって、そう言うのじゃ?」
「最側近のニンゲンをとっかえひっかえにしなければならない。恐らくあの御方はその事実に不満を抱いていることでしょう。そこに物足りなさを見ているのですよ。あるいは、寂しいとす考えている可能性も」
スフィーダは「馬鹿を抜かせ」と言い、「あやつが寂しいなどとと感じるわけがないじゃろうが」と笑い飛ばした。
「メグ・シャイナ首相のお言葉。悔やんでも悔やみきれないという色がございましたね」
「いきなり本題に戻すあたりはおまえらしいが、まあ、その通りであるように見えたな」
「メグ首相はかつて大学で法学を教えていたニンゲンだった。しかし、生徒の中から、ラニード・ウィルホークのような存在を生んでしまった。不可抗力でしかないとはいえ、彼女からすれば、やりきれないことでございましょう」
「ラニードの跋扈にメグは困り果てておる。けっして無視できん事実じゃ」
「我が国に粉をかけてくるようなら、私が屠ります。陛下が出るまでもございません」
「現状においてはその判断でよい。じゃが、状況が変わるようなことがあれば――」
するとヨシュアは「ラニード・ウィルホークはニンゲンです」と言い、「ニンゲンの相手はニンゲンがします」と言い切った。
過去にも同様のことを述べていたような気がする。
「陛下のお命が失われること。それ以上の恐怖はないのでございます」
国を治めるという観点を重視すると、ヨシュアの言い分はよくわかる。
だがしかし、臣下の命が危機にさらされるとなると……。
「何度だって、幾度だって申し上げます。陛下の身の回りのすべては、私がなんとかいたします。くれぐれも、ご心配なさらないでくださいませ」
スフィーダは口をとがらせながら俯いた。
人々を守るためにいるはずの女王が、どうしてヒトに守ってもらわなければならないのだろう……。
「冷たい風じゃの……」
ネフェルティティがそうしていたように、スフィーダも手を広げ、向かい風に全身を晒した。
「このくらいがちょうどよいのでございますよ」
ヨシュアが風を受けると、白い魔法衣の裾がひらひらと舞った。




