第211話 青年が歩む道に、幸多からんことを。
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戦があった。
本土にまで攻め上がられたこともあった。
だが、なんとかみなの力で凌ぎきった
隣接している敵国もあり、予断をゆるさない状況にある。
それでも、国は落ち着いた。
次に攻めてくるものがあれば、またみなの力を結集させればいい。
次に攻め上がらなければならないことがあれば、火の玉のごとくぶつかればいい。
ヒトとは悲しい生き物だ。
ヒトとは不自由で不器用な存在だ。
だからこそ、彼らを導く者が必要なのだ。
そう。
指導者は、いつだって求められるのだ。
その声に応え、応え続けなければならないのだ。
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玉座の間のさらに上階にあるテラス。
城下に集まった人々に、スフィーダは淑やかに右手を振ってみせる。
別に「みな元気かーっ!」とか、「わしは元気じゃぞーっ!」とか叫んでもよいのだが、こういう場においては、彼女は静かに振る舞おうと決めている。
隣にはヨシュアの姿がある。
彼は別になにもしなくても、「キャーッ! ヨシュア様ぁーっ!!」と黄色い声を飛ばされる。
まさに不公平だ。
美男は正義かと問われると、イエスと答えるしかないのだが。
「ラースよ、ほれ、来い。こっちに来て、みなに手を振ってやれ」
「し、しかし、私は現状、ハインドのただの一兵卒でしか――」
「そなたが立たんと言うのであれば、わしはそなたのことを見損なうぞ」
「えっ?」
「ヒトの総意を汲むことができる存在。そうなって、わしを驚かせてみろ」
ラースは小さく俯き、それから前髪を掻き上げた。
口元には小さな笑みをたたえている。
「スフィーダ様もヨシュア様も、私の退路を断つおつもりだったのですね?」
ヨシュアが「そうですよ」と言い、「指導者になれるニンゲンは多くない。だからこそ、貴方はそうなりなさい」と続けた。
ラースが前へと踏み出した。
大きく両手を振ってみせたところで、集まった国民は頭にクエスチョンマークを浮かべるだけだろう。
だが、近い将来、その名を知らない者はきっと、否、絶対にいなくなる。
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のちの日の昼食時。
白いテーブルを挟んで、ヨシュアと向かい合っている。
「楽しみですね。ラースが国の主となることを想像すると、ぞくぞくしていまいます」
「ぞくぞくって、ヨシュアよ、あるいは、おまえにはМの一面もあるのか?」
「ございますね」
「じゃったら、少しSは控えろ。わしのことをあまりからかうな」
「からかわれている実感はおありだったのですね」
「当り前じゃ」
スフィーダは、ガラスの器に入ったかぼちゃの冷製スープをズズッとすすった。
「音を立てて飲むのは、行儀が悪うございますよ?」
「やかましいわい」
「その態度もいかがなものかと」
「わしはわしの生きたいように生きるのじゃ」
「話が飛躍しましたね」
「ラースが前を向く姿。その姿に、わしは見事に触発されてしまったぞ」
「この先は、ラース殿下と呼ぶ必要があります」
「わかっておる。じゃが、プライベートとなれば、ラースでよいじゃろぅ」
「そうでございますね」
「おまえとクロエ。二人がラースの中でどれだけ特別な存在であるかがわかった」
「おや。お褒めいただいているのでしょうか」
「そうじゃ」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い言うな」
「気色悪い」
「気色悪い言うな」
「まあ、いずれにせよ」
「ああ、そうじゃな。ラースのビーンシィは強くなるぞ」




