第208話 気弱で太っちょなギャンブラー。
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丸っこい体をしたその男は、駆け込むようにして玉座の間に入ってきた。
途中でつまずき前回り、さらにごろんごろんと転がった。
丸いからよく回るのだろう。
そんなどうでもいい感想を抱くに至った。
赤絨毯の上に設けられている椅子の隣で、男のごろんごろんはちょうど止まった。
偶然のことだとしても、えらく器用な男だなと思わされた。
男は丸眼鏡の橋の部分を押し上げ、重たそうな体を持ち上げ、立った。
あれだけ回転しておいて眼鏡を飛ばさなかった点は、ある意味賞賛に値する。
まずは太った体を引き締めてこいと言いたい。
次におっちょこちょいすぎるのをなんとかしろと言いたい。
それでもまあ、話は聞いてやろうと考える次第だ。
「まあ、座るのじゃ、太っちょよ」
「ふ、太っちょですか」
「無礼か?」
「い、いえ。そう思わないところが、きっと僕の悪いところなんでしょうけれど。反骨精神がないというかなんというか……」
「御託は結構じゃ。まずは座ってもらいたい」
「は、はい。失礼します」
男が椅子に腰掛けた。
「名を聞かせてもらおう」
「ホセといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む。して、ホセはわしに何用じゃ?」
するとホセはいきなり情けない顔をして「助けてくださいよぉぉ」などと訴えてきた。
「助けてくださいって、それだけじゃあわからんぞ」
「僕、借金まみれなんです。このままじゃあ、ヤクザに殺されてしまいます」
「ヤクザから金を借りたのか?」
「フツウのところじゃ借りられなくなっちゃって、それで闇金に手を出しちゃいまして、てへっ」
「てへっ、などと抜かしておる場合か。要は返済ができずに追い詰められているということじゃろうが」
「そういうことなんです、てへっ」
「じゃから、てへっ、などと軽い調子で抜かすでない」
スフィーダは吐息をつく。
呆れたくもなるというものだ。
「お金を恵んでくれとは言いません。ただ、借金をないものにしていただけたら助かるんです」
「ホセよ、そなたは馬鹿なのか? それとも馬鹿にしておるのか?」
「そ、そんなつもりはないです、てへっ」
「てへっはもうよい。わしの見解を述べよう」
「は、はい。伺いたいです」
「そなたの場合、たとえ殺されても、文句は言えんと思う」
「えぇっ! そんなぁっ! ”慈愛の女王”というあだ名は嘘なんですか!」
「大声を出すな。よく考えてもみろ。どうしたって、そなたが悪いという結論にしか至らんじゃろうが」
「でも、だけど、だからそれだと僕は、殺されて――」
「一度死んで生まれ変わるという手もある」
「むむっ、無茶を言わないでください!」
「まあ、今のは冗談じゃが」
スフィーダは左方を見上げつつ、「ヨシュアよ、おまえはどう思う?」と訊ねた。
「一度とは言わず、二度、三度とやり直したほうがよいかと存じます」
「ホセよ、だそうじゃ」
「嫌だあぁぁ! 死にたくないですぅぅぅ!」
ホセ、まったくもって、みっともない。
「そなた、年はいくつじゃ?」
「二十六になりました」
「仕事は?」
「週四でホテルの清掃作業をしています」
「週は七日もあるのじゃぞ?」
「働くのは苦手というかなんというか、てへっ」
「てへっ、は飽きたといっておろうが」
スフィーダはゆるゆると首を横に振った。
「じゃが、週四でも働いているのであれば、借金地獄なんてことにはならんはずじゃ」
「それが僕、ギャンブル狂なんです」
「ギャンブル狂? なにをやるのじゃ?」
「競馬です。アーカムに行ったときは、ラクダレースもやりました」
「負け続けて、負債が蓄積したと?」
「はい……ダメですか……?」
「ヨシュアよ、こやつの所業はもはやわしの想像を超えておる。おまえがアドバイスをしてやってくれ」
「ヴィ、ヴィノー様ぁ、助けてくださいよぉ……」
「ホセさん、そう言われても困ります。ですが、困りながらも正攻法くらいなら提示できます」
「そそっ、それってなんですか?」
「働きましょう。地道に返済しましょう」
「それができたら苦労はしませんよ、てへっ」
スフィーダ、ギョッとなった。
ヨシュアが右の手のひらをホセに向けたからだ。
黄金色の矢でも飛ばすつもりなのだろう。
無表情なのが怖い。
「ヨッ、ヨシュアよ。頭にくるのはわかるが、殺すな。それはあんまりじゃ」
「ひっ、ひぃぃぃぃっ! そ、そうですよぅ、スフィーダ様、助けてください。僕、なんだってしますからぁぁぁっ!」
スフィーダはここで「よしっ」と頷き、「そなたは言ったぞ。なんだってするのじゃな?」と続けた。
「はっ、はい! します! やります!
「わかった。返済期限については、わしがヤクザと話をつけよう。じゃからそなたは、とにかく働くことに注力するのじゃ」
「ちゅ、注力ですか。でも、それって僕はあんまり……」
「ぐだぐだ言うようなら、速やかにヤクザに引き渡すぞ」
「わわっ、わかりました! がんばります!」
「それでよいのじゃ」
スフィーダはにっこりと笑った。
◆◆◆
一週間後、ホセがやって来た。
丸っこい体が多少、しゅっとなっていた。
というより、少々痩せこけたと表現したほうが正しいのかもしれない。
「人生で初めて、週六で働きました。結構、しんどかったです……」
「じゃが、充実感はあるのではないか?」
「はい。ヤクザのヒトも良心的なので助かっています。その点についてはスフィーダ様、ありがとうございました」
「担当者は言っておった。死体を作るのは簡単でも、できればそうはしたくないと話しておった。長い目で見たいそうじゃ」
「や、やっぱり、下手をすれば殺されていたんですね」
「わしは仕事をがんばる者が好きじゃ」
「えっ? そうなんですか?」
「うむ。その対価として給料を受け取る。理想的な関係ではないか」
「え、えぇっと」
「なんじゃ?」
「僕、スフィーダ様に相談して、よかったです」
「そう思うなら、明日からも一生懸命に働くのじゃ」
「はいっ!」
ホセは立ち上がると、軍人か警察官みたいにビシッと敬礼してみせた。
ちょっとわざとらしかったのだが、スフィーダ、思わずぷっと吹き出してしまった。




