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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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第207話 まるでガラスが砕け散るように。

       ◆◆◆


 面積の狭い黒のビキニを身につけているのは、エヴァ・クレイヴァーである。

 まさに健康美という体つき。

 プールサイドに腰掛け、一緒にバシャバシャと水を蹴り上げているのだが、それだけで、なんだか楽しいのである。


 そんな、日曜日の昼下がり。


「そなたが休日に訪ねてくるなど珍しいのぅ」

「珍しいもなにも初めてじゃない。っていうか、ちょっとした規律違反よね」

「大いに規律違反じゃ。そなたは今、前線にいるはずなのじゃからな」

「リンドブルム中将はそこまでお堅いヒトじゃないわ。そうでなくとも、言わば私はライセンス持ちなんだし。ある程度の自由はゆるされるのよ」

「傲慢じゃな」

「陛下はお堅いのね」

「北の動きになにか変化は?」

「なにもナシ。あったらさすがに戻ってきたりしないわよ」

「ティターンは強いのじゃろう?」

「そうらしいわね。だから、いつ戦争が始まるんだろうってドキドキしてる」

「エヴァ」

「はーい。わかってるわよぅ。好戦的なのはよくないっていうんでしょ? でも、私としては、いろいろと試してみたいの。本当に魔法がうまくなってるっていう実感があるし、そうであることをもっと実感したいから」

「じゃからといってじゃな」

「だ・か・ら、適宜やるだけだってば。暴走なんてしないわ。そんなに愚かじゃないわよ、私って」


 後方から誰かが近づいてくる気配。

 振り返ると、予想通り、ヨシュアがいた。

 真っ白なバスタオルを持って、歩んでくる。


「陛下。そろそろ上がられてはいかがですか? お風邪を召されてはたまりませんので」

「今日は暖かい。今しばらく、大丈夫じゃろう?」

「よほどの理由がない限りは、お上がりくださいませ」

「仕方ないのぅ」


 スフィーダは腰を上げ、身を翻し、両手を上げた。

 すかさずヨシュアが柔らかな手つきで体を拭いてくれる。


 エヴァがスフィーダの隣に並んだのだ。


「閣下、私の体も拭いてくれない?」

「貴女は馬鹿なんですか?」

「い、言うに事欠いて馬鹿とかっ!」

「今回の件は大目に見ます。早く北方の警備の任に戻りなさい」

「わかってるわよ。ねぇ、閣下、そんなことより――」

「早く北に行ってしまいなさい」

「い、行ってしまいなさいとか! それはさすがに言いすぎよ!」

「貴女には期待しています」

「それ、誰にでも言ってるんじゃないの?」

「ええ。その通りです」

「な、なんて暴言吐くのよ」

「この上なく柔らかなニュアンスで述べているつもりです」

「か、閣下、貴方ねぇっ――」

「異議は受けつけません。永久に、です」

「そこまで言わなくたって……」


 エヴァがショックを受けたような顔をする。

 泣き出しそうな顔に見えたのは気のせいだろうか。


 後ろに誰かの存在を感じたのは、そのときだった。


 スフィーダは振り返り、エヴァも身を翻す。


 もはや懐かしさを覚える存在。

 白いローブをまとった、緑色の魔物が宙に浮いていた。


 頭髪はなく、ただただ緑色。

 瞳の色まで緑。

 青年くらいに映る。


 とっくに殲滅し尽したものだと思っていた。

 どこに隠れていたのだろう。

 また、どうして訪れたのだろう。


 魔物の表情は切羽詰まったものであるように見受けられる。


 スフィーダは当然「なんの用じゃ?」と問うた。


「に、兄さんのかたきっ!」


 緑の魔物はそう言って、目を鋭くした。


「そなた、兄がおったのか?」

「ア、アバっていう」

「ああ、そうか。偶然に違いないが、アバのことはよく知っておるぞ。わしの大好きな姫を死に追いやってくれたゆるせぬやからじゃ。安心しろ。痛いのは一瞬じゃ。滅してくれよう」


 すると、隣から「待ってよ、陛下」とエヴァが声を掛けてきて。


「私がやるわ」

「馬鹿を言え。アバは大馬鹿であったが、相当な使い手じゃった。あの弟とやらが同じような力量なのであれば、恐らくそなたでは敵わんぞ」

「敵わない? そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃない。言ったわよ? 私は成長する魔法使いだって」

「じゃから、それはまだ言い切ることができぬことであって――」


 スフィーダがまだものを言っているところで、エヴァが突っ掛かった。

 自らもバリアを張りつつ、それをもって相手のバリアに勢いよくぶつかっていった。


「ちょっ! 待つのじゃ! エヴァ!」


 そう叫んだスフィーダではあるが、「もう遅い。やらせてみましょう」とヨシュアに言われた。

 やれやれと呆れたような、彼の口調だった。


 なにせ、あのアバの弟だ。

 やはり弱くはないだろうと予測される。


 しかしエヴァは、力尽くで百メートル以上、押し返した。

 そして、右手から黄金色に輝く矢を幾本も放った。

 アバの弟、そう名乗った魔物のバリアが砕け散る。

 まるでガラスが粉々に割れるように。


 もはや雌雄は決した。

 エヴァは容赦しない。

 針状の細い矢で相手を串刺しにした。

 最近放てるようになったという雷でぼろぼろにした。

 果ては炎で炭の一つも残さずに焼き尽くしたのだった。


 強い。

 確かに強くなっているように見える。


 エヴァが戻ってきた。

 ヨシュアの前で胸を張り、顎を持ち上げ、「見た?」と偉そうに言った。


「服を着なさい、エヴァ・クレイヴァー。そして任務に戻りなさい」

「相変わらずそっけないのねぇ。でもそんな閣下のこと、嫌いじゃないわ」

「戻りなさい」

「はーい」


 エヴァはヨシュアの手からバスタオルをさっと奪うと、それで髪を拭きながら、歩いていった。

 彼女の軍服はスフィーダの私室にある。

 着替えが済み次第、移送法陣を使って現場に戻ることだろう。


「ヨシュアよ」

「はい」

「見た限りじゃと、エヴァは確かに成長しているように見受けられる」

「彼女については、特異な存在だと信じたいところでございます」

「エヴァが強くなると困るのか?」

「私の意見を申し上げても?」

「そう言っておる」

「これほどまでに、可能性を否定したくなったのは初めてでございます」

「例外の存在はよくないと言いたいのじゃな?」

「さようでございます。不確定要素の存在は排除したいのでございますよ」


 ヨシュアは右手をひたいに当て、深刻そうに俯いてみせた。


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