第205話 ピアスと海。
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「エヴァとはバーで知り合ったんです。ちょっとおしゃれなバーで。スフィーダ様と知り合いだということも、呆気なく話してくれました。初対面でも、口が軽いのはどうかと思いました」
ショートの黒髪と白い肌との組み合わせが美しい女は、椅子に座るとそう述べた。
「まだ名すら、聞かせてもらっておらんのじゃが?」
スフィーダは小首をかしげ、笑顔をこしらえる。
「名前って重要でしょうか? 親から初めてもらったものという意味では、誕生日のほうが大切だと思いますけれど」
「そういう考え方もアリじゃろうが、わしはそなたのことを知りたいのじゃ」
「ファーストネームはテッサです」
「名を教えてもらえると、話がしやすい」
「スフィーダ様」
「なんじゃ? というか、様づけにはいい加減、飽き飽きしてきたのぅ」
「といっても、スフィーダ様はスフィーダ様ですから」
「なにか話があるのか? というか、あるのじゃろう?」
見えますか?
そう言って、テッサは左の耳を見せてきた。
耳たぶに、銀色にきらめくピアスだ、リングピアスがつけられている。
「これ、恋人からもらったものなんです」
「のろけ話か?」
「そうなら嬉しかったんですけれど、彼、死んじゃいましたから」
「……なに?」
「聞こえませんでしたか? 私の恋人は死んでしまったんです」
テッサが向けてくるのは悲愴感のない笑顔であり、ゆえに聞いているほうとしてはどんな顔をしていいのかわからなくなってしまう。
「なぜ……どうして死んだのじゃ?」
「恋人は、彼は漁師だったんです。時化があって、船は流されました。そのあと、乗組員の中で、運よく彼だけが浜に打ち上げられたんです」
「運よく? はたして、そうだったのじゃろうか……」
「私はよかったと思っています。死んだことをきちんと確認できた。それだけで、嬉しかった」
「嬉しかった?」
「はい。嬉しかったんです」
「……そうか」
テッサはふふと笑い。
「こんな話をされても、スフィーダ様は困ってしまいますよね」
「困りはせん。困りはせんが、ただ、悲しい……」
「彼は本当に立派な漁師でした。私はそう思っています」
「その立派な漁師の恋人が、どうして首都を訪れたのじゃ?」
「彼の遺志を継いでというわけではありませんけれど、私も漁業に従事するニンゲンになったんです。今回、首都へはたくさんの魚を届けに来ました。そのついでに、なんて言ったら失礼に違いないんですけれど、この機会に、スフィーダ様に会えればいいなって考えたんです」
「そなたの仕事は尊いものじゃ。わしだってもっと感謝する必要がある。国民の力、苦労がなければ、わしは女王陛下などやっておれんのじゃからな」
「噂通り、お優しいですね。こちらが聞かせていただきたい言葉を、百点満点で伝えてくださるんですから」
スフィーダは苦笑を浮かべる。
自分は大した存在ではないのになと、幾度だって思う。
「エヴァの話でしたね」
「のっけはそうじゃったな」
「彼女は私のことを、馬鹿だと罵りました」
「むぅ。その理由はわかるのか?」
「死んだ恋人のことを、いつまでも想っているからだそうです」
「だとしたら、エヴァらしい物言いじゃのぅ」
スフィーダは少々上に目線をやり、口元を緩めた。
「私は彼が浜辺に打ち上げられたことが嬉しいと言いました。でも、実のところ、それって間違いなのかもしれません。行方不明のままだけれど、どこかで幸せに暮らしている。そう思ったほうが、建設的に決まっていますから」
「その思考はよくない」
「どうしてですか?」
「そなたの恋人は、最期にそなたに会いたくて帰ってきたのじゃ」
「スフィーダ様、そんなの、綺麗事です」
「じゃが、わしはそう思うし、そう考えたい」
スフィーダは「うんうん」と頷いた。
対してろくにリアクションを見せないテッサである。
「……エヴァはキツい女ですよね」
「うむ。同感じゃ」
「だけど、馬鹿だとか阿呆だとか暴言を吐きながらも、私と一緒に泣いてくれたんです」
「そうか……。エヴァが泣いたのか……」
「やっぱり、キャラじゃないですよね?」
「そうじゃな。そんなふうに思う」
「だとしたら、彼女の涙は大切にしなくちゃ」
「顔を突き合わせた時間、あるいはおしゃべりをした時間。そういったものは、必ずしも重要ではないのじゃ。そなたとエヴァは気が合ったのじゃろう。もはや友達同士なのじゃから、これからもなにかの折に会うとよい」
「そうしたいし、そうします。それで、スフィーダ様?」
「なんじゃ?」
「ここまでお話しさせていただいたら言わずもがななんですけれど、当然、エヴァって、友人が少ないですよね?」
スフィーダは笑った。
「あの性格じゃ。多いとは言えんじゃろうな」
「でも、彼女はイイ女です」
「だからこそ、わしもエヴァのことが好きなのじゃ」
「ふふっ。おかしい。私、スフィーダ様とも気が合うみたい」
「いつかでいい。また顔を出してくれ。そなたのことを、忘れたりはせんからの」
「ピアス……」
「ん?」
「ピアス、綺麗でしょう……?」
すると初めてヨシュアが、「綺麗ですよ。どうか大切になさってください」と口にした。
「ありがとう、ヨシュア様」
テッサは笑った。
涙ぐんでいるように見えたのは、実際の現象だろう。




