第202話 今宵の翼竜。
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あまりに眠れない。
そんな日だって、たまにはある。
さて、どうしたものか……。
そう考えているうちに、ひらめいた。
よしっ!
たまには青肌の吸血鬼と赤肌の翼竜の姿でも見に行ってやろう!
幸い、彼らの寝床は知っている。
スフィーダは黒いドレスに着替え白いショールを羽織ると、私室でこっそり、移送法陣を使ったのだった。
◆◆◆
岩場にある洞窟の前に到着。
ひょっとしたら、眠っているかもしれない。
スフィーダは右の人差し指の先に魔法の火を灯し、「こんばんはなのじゃぁ……」と小さくつぶやきながら、洞窟内へと足を踏み入れた。
暗闇の中、赤肌の翼竜、ドル・レッドは顎を地面につけ、うつ伏せの姿勢で眠っていた。
青肌の吸血鬼、イーヴルの姿は見当たらず、だから夜の散歩にでも出掛けたのだろうと予測した。
ドル・レッドはのんきなところがあるようだが、間違っても馬鹿ではない。
来客があっても寝たままでいるのは、その客に敵意がないことを感じ取っているからだろう。
スフィーダはバンバンバンとドル・レッドの頬を叩いた。
「起きろ、起きろ、起きるのじゃーっ!」
そんなふうに声を上げながら、叩き続けた。
すると、ドル・レッドは目を開けて。
ぎょろりとした緑色の瞳を向けてきて。
「なんだ。スフィーダか」
「そのセリフ、前にも聞いたぞ。改善しろ。無礼じゃぞ」
「俺は魔女なんかよりずっと長生きしている。こちらが年長者だということを忘れるな。礼を尽くすのはおまえのほうだ」
「ええい、うるさいぞ。とにかくわしの相手をしろ」
「相手? なにかあったのか?」
「わしは眠ることができず、途方もなく暇なのじゃ」
「酒でもかっくらえ。そしたらじきに眠れるだろう。じゃあな」
「じゃあな、ではない。話し相手になれと言っておる」
「あいにく、俺は眠いんだ」
ドル・レッドは本当に眠そうである。
竜の表情も、その気になれば見て取れるらしい。
意外なことではあるのだが、それはそれで愉快な気がした。
「イーヴルはどこに行ったのじゃ?」
「勝手に話を進めるな」
「どこに行ったのかと訊いておる!」
「デカい声はうっとうしい。イーヴルなら、墓参りだろう。ああ、今年ももう、そんな季節だ」
スフィーダは腕を組み組み、首をかしげた。
「墓参りじゃと?」
「墓参りだ」
腰を下ろし、ドル・レッドの腹にもたれかかるように背を預けたスフィーダである。
「相変わらず、馴れ馴れしいことだ」
「イーヴルの墓参り。詳しく知りたいぞ」
「話したら、イーヴルは怒るかもしれん」
「それでも話せ。わしの暇潰しに貢献しろ」
「しょうがないな」
ドル・レッドは大きなあくびをした。
「俺とイーヴルは、最初は敵同士だった。といっても、青肌の吸血鬼なんてものが珍しくて、出会った瞬間、こちらから仕掛けたんだがな。ああ。その頃の俺は、ことのほかけんかっ早かった。血の気が多かった」
「けんかの結果は?」
「痛み分けだ。それぞれがそれなりに傷つき、その場で別れた。だが、運命の赤い糸とでも言ったらいいのか、あるとき、またイーヴルと出会ってな」
「運命の赤い糸などと翼竜が申すか」
「おかしいか?」
「おかしいぞ。笑いたくなる。じゃが、一刻も早く先を聞きたい。興味津々なのじゃ」
「戦って戦って戦い続けた結果、俺が勝った。だが、宙から落ちていくイーヴルのことを見ると、たまらない気持ちになってな。気づけばイーヴルのことをくわえて、人目につかないところを探していた」
スフィーダは、ふむふむと頷いた。
なるほどなと思った次第である。
「その場所が、この洞窟じゃったというわけか?」
「ああ。わずかに差し込む光が気持ちいい。月明かりもいい塩梅だ。だから、ここを新しいアジトにしようと決めたのさ」
「そして、イーヴルとは仲良くなっていった?」
「だいぶんあいだを端折れば、そういうことになる」
「そうなるにあたって、なにかきっかけがあったのか?」
「話をすればじゅうぶん、相手のことは知れる。だから、たくさんおしゃべりをした。まあ、イーヴルは基本的に無口なんだが」
「俺にはもう、なにもない……」
「ん?」
「いや。イーヴルは以前、そんなことをのたまっておったと思ってな」
「おまえ達はそんなに親しい間柄だったのか?」
「そうではない。聞かされたのはたまたまじゃろう」
「なにもない、か……」
「その言葉の裏になにがあるのか、見当はつくのか?」
「つくさ。言ったろう? 今夜は墓参りに出掛けているはずだと」
「そのへん、しっかりと知りたい」
「好奇心が旺盛で、とことん前向き。おまえのような魔女は珍しいだろうな」
「そんな評価は要らぬ。とにかく、わしの興味に応えるのじゃ」
「おまえは元気すぎる」
「それは褒め言葉じゃな」
「いいだろう。話してやる。これはイーヴルの、絶望のエピソードだ」




