第201話 ハイペリオンのちょっかい。
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その日の午後、ヨシュアが席をはずした。
そこにはどのような理由があるのだろうと考えつつも、スフィーダは普段通り、謁見者の対応をした。
ヨシュアが戻ってきたのは、夕食時。
スフィーダが「いただきます」と言ったタイミングで、彼は姿を現した。
スフィーダの向かいの席に、ヨシュアは座る。
彼は用意された鮭のカルパッチョを口に運び始めた。
だが、スフィーダは当然、気になるわけだ。
突然の事象が発生したからこそ、ヨシュアは離席したに違いないのだから。
「なにかわしに言うことがあるのでないか?」
「旬の魚でございますね。ええ。実に味がいい」
「鮭の話をしているのではない」
「わかっております。お聞きになりたいですか?」
「当然じゃ。ちゃんと話せ」
ヨシュアは一つ「コホン」と咳払いをした。
なにをやらせても優雅な男である。
「ハイペリオン軍が侵入してまいりました」
「大事ではないか。数は?」
「多くはないようです」
「とはいえ侵犯は侵犯じゃ」
「はい。レオ准将はもはや怒り心頭とのことです。この際、取り潰してしまいたい。伝令のニンゲンから、そう聞かされました」
「気持ちはわかるが、そうもいかんじゃろう? 攻め入るには政治的な判断も絡んでくるはずじゃ」
「しかし、レオ准将はハイペリオンに個人的な恨みを抱いている」
「そうじゃとしても、レオはを阿呆をしでかすようなニンゲンには見えん」
「その通りです。彼女はダメ元の言い分を寄越してきただけでしょう」
「しっかりと防衛戦に徹してくれるということか?」
ヨシュアはにこりと笑うと、小さく頷いた。
「まあ、そういうことでございます」
「ハイペリオンの兵は強いのじゃろうか」
「仮にそうだとしても、我が軍が引けを取るとは考えにくい」
「舐めとりゃせんか?」
「まさか。客観的な見解でございます」
◆◆◆
翌々日の朝、まだ謁見者が訪れる前に、レオ・アマルテアが玉座の間に入ってきた。
レオは所定の位置で片膝をつき、頭を下げる。
そののち、ヨシュアのゆるしを得て、彼女は顔を上げ、さらには立ち上がった。
ヨシュアに「准将じきじきに報告ですか?」と訊ねられると、レオは「そんなところです」と涼しい顔で答えた。
青く長い髪をポニーテールに結っているレオは、今日も物凄く凛々しいし美しい。
「移送法陣を扱えればよいのですが、私にその才能はない。よって、参上するのが遅れました。申し訳ないことだと考えています」
「才があったとしても、原則、使用は禁止です」
「カーニーを使うという手もありました」
「極力、控えてください」
「承知いたしました」
レオはどことなくつまらなさそうな顔をしたように見えた。
自らの意図と違う指示が出されれば、誰だって不本意には思えるだろう。
「それで、具体的にはなにをするために訪ねてきたのですか?」
「ピットとミカエラ。彼らはガキのくせになかなかやりますね。しかし、敵のほとんどは私が焼き払いました。ゴミどものほとんどを片づけたと言っていい」
「それほどの力を持つ貴女がどうして拷問されることをゆるしたのか、その点、はなはだ疑問です」
レオは「ふん」と鼻を鳴らした。
「当時の私は、軍はもちろん、国に対しても絶望していました。復讐心より先に、諦観の念に駆られていたというわけです。言わば、呆けていたんです」
「しかし、貴女はやがて自分の足で立ち上がった」
「愚鈍極まりない野卑な男どもに犯されそうになった。その瞬間、目が覚めました」
「なるほど」
「はい」
「このたび、多くの敵兵を焼いた際、貴女はどう感じましたか?」
「悦に浸るとともに、むなしさのような感覚に襲われました」
「それが軍人のあるべき姿です」
「悦に浸るのは、かまわないと?」
「力こそすべてですから。そこに快感を覚えるのは当然なんです」
「驚きました。ヴィノー閣下は無駄に奥深い」
「無駄には余計です」
「ハイペリオンに進軍する際は、ぜひ私に指揮をとらせていただきたい。怨念返しではありません。そこにあるのは、ただひたすらに純粋な殺意です」
ヨシュアは残念そうに「ふーっ」と吐息をついた。
「飢えているとされるかの国の民はには、どういった処遇がふさわしいのでしょうね」
「死んだほうがマシだという者は、少なくないかと」
「だから、皆殺しにするのもやぶさかではないと?」
「そうです。どうかご理解いただきたい」
ここでスフィーダは、「怨念返しの先にはなにがあるのじゃ?」と訊ねた。
すると、「怨念返しではないと申し上げました」との回答があった。
「じゃが、どうあれ戦いはじき終わる。そなたがその先に見据えるものとはなんじゃ?」
「わかりませんね、そんなこと」
「提案があるぞ」
「提案? 伺いましょう」
「恋をしてみてはどうじゃ?」
「恋? 私がですか?」
レオは大きな声で笑ってみせた。
「冗談じゃない。男なんて、みんなクソだ」
「フォトンのことは認めていたように思うが?」
「奴はイイ男です。抱かれてやってもいい。しかし、そうだというだけです」
「悲しい考え方じゃの」
「そうあること。そうあり続けること。それが私というニンゲン、あるいは女なんですよ」
レオがヨシュアに視線を移した。
「今回、私は本当に多くの敵兵を死に追いやりました。私という存在は、相手にかなりの恐怖を与えたことだろうと考えます。邪魔者はすべて滅します。重ねてになりますが、その旨、ご了承いただきたい」
「わかっています。下がっていただいて結構ですよ」
「はっ」
レオは颯爽と身を翻した。
去り際、足を止め、彼女は左の横顔を見せてくれた。
「プサルムは優しい国ですね。優しすぎると言ってもいい」
レオのキャラクターからして、その言葉は皮肉と受け取るべきだろう。




