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第199話 社長、変身。

       ◆◆◆


 黒いスーツを着た、見た感じ、六十歳くらいの男性だ。

 白髪ではあるものの、毛量は豊かで、きちっと七三に分けられている。

 とにかく顔の彫りが深い。

 イイ男である。


 男はバラクと名乗った。

 男前にふさわしい、男前な名前だ。


「まずは椅子に座ってくれ」

「はっ。それでは失礼いたします」


 バラクは静かに腰掛けた。

 所作がしっかりしているから、やはり立派に映る。


 だがしかし、「何用じゃ?」と訊ねると、途端にバラクは難しい顔をした。

 膝の上に置いている手を、ギュッと握り締める。

 先ほどまでの堂々さっぷりはどこへ行ってしまったのか。


「どうしたのじゃ? なにか難題を抱えているように見えるが」

「お話ししてもよろしいでしょうか?」

「もちろんじゃ」

「で、では」


 一つコホンと咳払いをしたバラク。


「私は某ブランドの社長の職にありまして」

「某ブランド?」

「はい。服に靴に装飾品、いろいろと取り扱っております」

「ほぅほぅ。まさにアパレル産業じゃな。儲かっておるのか?」

「赤字になったことなどありません。お手頃価格のものから高価な品まで、手広くやっている成果でしょう」

「ふむふむ。めでたいことばかりではないか。そのわりには、そなたの表情は暗いのぅ」

「理由があります」

「申してみよ」

「私以外の社員が、みな、女性なのです」


 スフィーダは「ほぉぉ」と発しながら、こくこくと頷いた。


「それじゃと少し、働きにくいかもしれんのぅ」

「おわかりいただけますか?」

「そもそも、どうしてそんなことになったのじゃ?」

「親会社から出向を言い渡された身です」

「社長として抜擢されたということか?」

「給料は上がりました。だから抜擢は抜擢なのかもしれませんが……」

「本意ではなかった?」

「はい。これでも私は、本社の取締役だったのです」

「繰り返すようじゃが、とはいえ給料は上がったのじゃろう?」


 するとバラクは「スフィーダ様!」と大きな声を出し。

 だからスフィーダは、「お、おぉっ、なんじゃ?」と少し驚いてしまい。


「扱っているのは本当に女性ものばかりなんです。だったら、私になにをしろと!」

「え、えぇっとじゃな、社長は社長らしく、革張りの椅子にどでんと座っておればよいのではないか?」


 バラクは「ああっ、それでは私の存在意義が!」などと頭を抱えた。

 悩みは相当深いものであるようである。


「形式的なものとはいえ、新商品が開発された折には、社長プレゼンが行われます」

「社長プレゼン?」

「はい。文字通り、それを商品として店に並べるか否かを判断する場です。私が判断するわけです」

「なるほど。それはちょいとばかし、難しい立場かもしれんな」


 スフィーダ、うんうんと頷く。

 もちろん、バラクの苦しみがわかったような気がしたからだ。


「いろいろと努力はしているつもりです。しかし、たとえば今春、今秋のは流行なんて、私に予測がつくはずもありません。どれだけ勉強しても、わからないのです」

「じゃったらじゃったで、プレゼンの際も、いっそテキトーに首を縦に振っていればよいではないか?」

「スフィーダ様は私に仕事をするなとおっしゃるんですか!」

「こ、声を荒らげるでない。気持ちはわかるのじゃ。しかし結論じゃ。若い者のことは若い者に任せておけばよかろう? それではダメなのか?」

「……社において、私がなんと言われているかわかりますか?」

「な、なんと言われておるのじゃ?」

「かわいいと言われております」

「かわいいは正義じゃと聞くぞ?」

「からかうのはやめていただきたい!」

「わ、わかった。今のはわしが悪かった。しかしじゃな――」

「粉骨砕身、がんばってきたつもりです。なのに、このような仕打ち……。あんまりではありませんか……っ」


 至極悔しそうな顔をする、バラクである。

 彼のキャリアがそのような思いをさせるのか、彼の本心がそう訴えてくるのか……。


「若いおなと仲良くできるのであれば、それはそれで楽しいのではないか?」

「そのようなことはありません。楽しくなどありません。何度でも申し上げますが、仕事と呼べる仕事がないのでございます。あまりに暇なときは、公園で鳩にエサをやったりする始末なのです……」

「そ、それはなんともやりきれんのぅ。じゃが、仲良くやるしかないじゃろう?」

「現状においては、まあ……」

「子会社とはいえ、社長であるわけじゃ。バラクよ、胸を張ったほうがよい」

「そうでしょうか……?」

「まずは根気よくかつ積極的に、女子の旬のファッションを調べるべきじゃ。さすれば道は開けるじゃろう」

「道が開けるということは……?」

「今よりずっと、椅子の座り心地がよくなるということじゃ」

「わかりました!」


 思いのほか、勢いよく立ち上がったバラクである。


「やります。まずは社員にいろいろとリサーチしてみます」

「うむうむ。そのあたりが切り口としてはよいじゃろうな」

「さすがはスフィーダ様。背中を押していただいた気分です」

「実際、押しただけじゃ。一生懸命、励むとよいぞ」

「はいっ!」




       ◆◆◆


 それから三日。


 またバラクが玉座の間を訪れたのだった。


 もともと野暮ったいニンゲンではなかったのだが、なんというか、それに輪を掛けて垢抜けた。

 髪を短く刈り、スーツもかたちのよいタイトなものになっている。

 まるでファッションショーに出るモデルのように見える。


「ハッハッハ!」


 バラクは椅子に座るなり腕も脚も組み、高らかに笑った。


「お、おぉぉ。見違えたぞ、バラクよ」

「スフィーダ様、私はおしゃれというものに目覚めました。今までなぜ、ダサい服装をしていたのかと、恥ずかしいくらいの気持ちでございます」

「ダ、ダサいことはなかったと思うのじゃが……。それで、社員の女子達にはウケたのか?」

「彼女らに服を見立ててもらったのです。すると、ことのほか、カッコいいを連発されてしまいましてね。ハッハッハ!」

「モテモテじゃということか?」

「まあ、控えめに言ってもそうでしょうな、ハッハッハ!」


 素材はよかったのだ。

 だから、少し旬を取り入れればさらにカッコいいと言われるだろうし、なんというかこう、ちやほやされもするだろう。

 しかし、自意識過剰というか、意識高い系というか、そういう性格になってしまったことは、あまり感心できることではないように思う。


 バラクはすっくと椅子から立ち上がった。


「スフィーダ様、では、私はこれで。表に秘書を待たせているのでね。ハッハッハ!」


 やはり笑いながら、去っていったバラクである。


 スフィーダ、右手を顎にやりつつ、左方を見上げた。


「のぅ、ヨシュアよ、バラクの変身は成功したと思うか?」

「成功したのでは? 私は以前の彼のほうが好きでしたが」


 同じ意見ゆえに、深く頷かざるを得ない。


 下手におだててしまったかな?

 そう考えると、なんだか悪いことをしたように感じてしまう。


 それでもまあ、本人が元気になったのだからよしとし、スフィーダは玉座から立ち上がった。


 脈絡もなく、昼のメインディッシュは肉だといいなと思った次第だ。


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