第191話 しつこくしてくる宝石屋。
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日中。
玉座の間。
訪ねてきたのは、鼻の下と顎先のひげを丁寧に整えた中年と思しき男である。
先々代から宝石屋を営んでいるとのこと。
男はひときわ目を引く、がっちりとした宝箱みたいなものを右の小脇に抱えている。
そこに話のネタが詰まっているのだろうと察し、スフィーダは率直に「その木箱の中身はなんじゃ?」と訊ねた。
「陛下、そちらに参ってもよろしいですか?」
「かまわんぞ」
「では、失礼して」
男が短い階段を上り、やってきた。
箱にはなにが入っているのか、実は興味津々のスフィーダである。
男はぱかっと箱を開けた。
中に入っていたのは、まばゆいばかりの宝石の数々だった。
「ほえぇー」
スフィーダはその輝かしさ、きらびやかさに目を丸くする。
「凄まじく綺麗なアクセサリーばかりじゃ。どれも値が張るに違いあるまい」
「それはもう。ですが、スフィーダ様のお眼鏡にかなう品があれば、進呈したい所存です」
「そそっ、それはいかんじゃろう」
「私といたしましては、女王陛下御用達という肩書きが欲しいのでございます」
「だ、だからといってじゃな」
「どれでも差し上げます。なんでしたら、全部差し上げます」
全部差し上げます。
その言葉を聞いて、スフィーダのテンションはうんと下がった。
「のぅ、宝石屋よ。わしは特定の人物をひいきするわけにはわけにはいかんのじゃ。そうでなくとも、そなたの物言いはいささか下品で好かん」
「そっ、そんな!? 私は本気です。本気でスフィーダ様にものを献上したいのです」
「それはわかったが、見てわかる通り、わしはアクセサリー類はいっさいつけんのじゃ」
「だ、だとするなら、この機会にぜひっ!」
「わしは今のままでよい。なにせ元がいいからの」
冗談を飛ばしたつもりだったのだが、宝石屋には通じなかったらしい。
「し、しかし、スフィーダ様のご着衣は、宝石類で彩られているではありませんか」
「鋭いことを言いよるな。じゃが、わしは今あるドレス以外で着飾ろうとは考えておらぬ」
「税金で食べさせてもらっている。だからなのですか?」
「ま、まっすぐな言い方じゃのぅ。とはいえ、おおむね正解じゃ。国の象徴にしか過ぎん者が宝石で自らを鮮やかに見せる。そんなこと、どう考えてもご法度じゃろう?」
「ぐっ、ぐぐぐっ」
「そなたの気持ちは嬉しく思うぞ。ありがとうなのじゃ」
「で、では、ヴィノー様はいかがでいらっしゃいますか? なんでも差し上げますから、お選びいただけませんか?」
「今度は私ですか」
「大将閣下御用達でもかまいません」
本当に、品のないことをのたまう男だ。
ヨシュアは毅然とした態度で「お断りします」と短く告げた。
「な、なぜ、どうして?!」
「私は宝石アレルギーなんですよ」
「そ、そんな話、聞いたことが――」
「お引き取り願えますか? 世間話に花を咲かせたいというのであれば別ですが」
「……帰ります」
「お気をつけて」
とぼとぼとした歩様で去りゆく宝石屋。
その背中を見ていると、なんとも言えない悲愴感に駆られてしまう。
だが、ダメなものはダメ。
チャラチャラとした宝石をつけて国民の前に出ようなどとは、考えていない。
それでも。
「ちょっと、かわいそうじゃったかの?」
「立派なご判断だったと思います。ですが」
「ですが?」
「いえ。ネックレスやブレスレットの一つや二つ、ご購入していただいてもかまわないんですよ。そんな些細なことで怒りをあらわにする国民など、いてもごく少数に過ぎないのでございますから」
「ごく少数とはいえ、いるのじゃろう? じゃったら――」
「陛下はストイックすぎます。アクセサリーで自らをより美しく見せる。それはじゅうぶんアリでございます」
「む、むぅ。そういうものか?」
「はい」
「じゃが、先ほどの者は、わし御用達の看板を掲げたいと言いよった。それはよくないことじゃろう?」
「まあ、そうでございますね」
「うーん……。んむっ、決めたぞ。やはりわしはアクセサリーはつけん。この先、一生じゃ」
「しかし、フォトンにプレゼントされるようなら、いかがですか?」
「そそっ、それはじゃな」
スフィーダはいろいろと思考した上で、もごもごと口ごもる。
ぽっと頬に熱を感じたりもした。
「身につけるのでございましょう?」
「う、うむ。多分、そうなる……」
「私はそれでよいと考えます。なにかの折にフォトンに言っておきましょう」
「い、いや。そこまでせんでいい」
「あれでもないこれでもない。彼がそんなふうに悩む様子が目に浮かびます。一度その姿を見れば、間違いなく微笑ましく映ることでしょうね」
フォトンがそんなことで悩むだろうか?
しかし、その一方で、骨を折ってくれるような気がしないでもないのだ。
もし、贈ってもらえたら……。
恐らく、それを愛の証みたいに捉えて、メチャクチャ喜ぶことだろう。
「いつかはそういった場面が訪れます。そのとき、陛下は結婚されるかもしれませんね」
「ばっ、馬鹿を言うなっ。わしには立場があるのじゃぞ」
「はたして、馬鹿な話でしょうか?」
「馬鹿な話じゃ」
そう断言したスフィーダであるが、女としての胸の内を正直に語ると、フォトンとだったら一緒になりたいのである。
まあ、キッチンに立ち、料理をこしらえている自分など、まったくもって想像できないのだが。
スフィーダは苦笑する。
なんとまあ、出しゃばりな思考か。
自重しろという思いで、彼女は自らの頭を右の拳でぽかっと叩いた。




