表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/575

第18話 うぶな恋愛小説家。

       ◆◆◆


 次の謁見者は恋愛小説家です。

 ヨシュアからそう聞かされた。

 名を訊いたところ、スフィーダも知っている作家であることが判明した。


 大扉が開き、謁見者が歩いてくる。

 

 あれ?

 スフィーダは首をかしげる。


 名はエレクトラのはずだが……。

 それって女の名前なのだが……。


 しかし今、赤絨毯の上で座礼をし、おもてを上げたのは、中年とおぼしき男である。


 丸い顔、丸い体。

 太っちょだ。

 髪もひげも伸ばしっぱなし。

 クリーム色のシャツもズボンも着古した感がある。

 とてもではないが、清潔感のある身なりとは言い難い。

 女王陛下に会おうというのであれば、少しくらい、綺麗にしてきてもいいし、むしろそうするほうが自然であろうに。


「そなたがエレクトラなのか?」

「まあ、なんというか、その、はい……」

「実名を申してみよ」


 そう言っただけなのに、男はなんだか、もじもじし始めた。

 まどろっこしいことに、「えっと」だとか、「その」だとか、要領を得ない言葉ばかりを連ねる。


 スフィーダ、イライラまではしないものの、眉根くらいは寄せたくなる。

 彼女はかたわらに控えるヨシュアを見上げた。

 彼はちらと流し目だけ寄越すと、すぐに男に視線を戻したのだった。


「あの、えっと、イグルーと申します、はい……」


 男がやっと名乗った。


「あいわかった。イグルーじゃな?」

「は、はい。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく頼む。さて、イグルーよ。そなたはどうしてわしに会おうと考えたのじゃ?」

「その……悩みを打ち明けられる相手がいなくて……」

「どんな悩みなのじゃ?」

「あの、その、えっと……」

「なんでも申してみるがよいぞ」

「では、あの……僕みたいなのが恋愛小説家って、気持ち悪いですよね?」

「は?」

「気持ち悪いですよね……?」

「い、いや、別に気持ち悪くはないぞ?」

「だけど、気持ち悪いって言われたんです……」

「誰にじゃ?」

「好きなヒトに、です」

「むぅ。要するに、恋愛小説家の恋愛相談というわけか」

「率直に胸の内を話せるような友人なんて、僕にはいないので……」

「察するに、恋愛もほとんどしたことがない、と?」

「はい……」

「相手は? どんなおなじゃ?」

「街のレストランで働いている、二十五歳の女性です」

「かわいいのか? って、かわいいと感じていなければ恋などせんわな」

「気持ち悪いと言われて以来、そのレストランにも顔を出せないでいます。僕の唯一の楽しみだったのに……。ああ。告白なんてしないほうがよかったなあ……」


 腕を組み、悩ましさから「うーむ」と唸ったスフィーダ。

 彼女は二千年以上生きているものの、恋愛相談にのってやれるほど、その道については造詣が深くないのである。


 しかし、一度、頼られてしまった以上、なにかアドバイスをしてやらなければいけないだろう。

 スフィーダ、そう考える次第である。


「イグルーよ」

「は、はい」

「ニンゲン、大切なのは中身じゃと思うか?」

「それは……はい。そう思います」

「わしも同意見じゃ。とはいえ、ある程度、外見も大事なのではないかと考えていることもまた事実なのじゃ。見たところ、そなたは身なりに無頓着すぎるようじゃな」

「で、ですけど、着飾ったところで、元が悪いわけで……」

「ならば、もっと運動しろ。体を動かして、まずは痩せるのじゃ」

「僕、運動は苦手なんです……」

「そういった考え方がいかんと言っておる。何事も挑戦せねば始まらぬぞ?」

「う、うーん、でもなあ……」

「その女子に対する気持ちが本物なのであれば、努力できるはずじゃ」

「……よ、よしっ」

「おっ、やる気になったか?」

「はい。僕、がんばってみます。ありがとうございました、スフィーダ様」

「うむうむ。どういたしましてなのじゃ」


 立ち上がり、身を翻して去りゆくイグルーは「やるぞーっ!」と右手を突き上げた。

 素直でかわいい奴ではないかと、スフィーダは思ったのだった。




       ◆◆◆


 二週間後。

 またイグルーがやってきた。


 スフィーダ、驚いた。

 イグルーはすっかりほっそりとして、しゅっとした顔立ち、体つきになっていたのだ。

 髪も短く整え、ひげもきちんと剃っている。

 黒い背広もウイングカラーのシャツもよく似合っている。


「ほぇぇ。たった二週間じゃというのに、変われば変わるものじゃのぅ。イグルーよ、感心したぞ」


 イグルーは「えへへ」と照れくさそう。


「して、くだんの女子とはどうなったのじゃ? これから、再度、アタックするのか?」

「実は昨日、もう一度、想いを伝えたんです」

「おぉ、おぉ、行動が早いのぅ。そしたら、どうなったのじゃ?」

「オッケーをもらえたんです」

「おぉぉっ、それは実にめでたいことじゃ」

「えへへ」

「なにか贈り物をしたのか? たとえば花束とか」

「ダイヤの指輪とネックレスをプレゼントしました」

「い、いきなり奮発したのぅ」

「それからカフェでいろいろと話したんです。僕のこと、包み隠さず話しました。そしたら、実は彼女、僕のファンだったらしくって。本は全部持ってるって」


 また照れるように頭を掻いたイグルーである。


「正直に言ってしまうと、プロポーズまでしてしまったんです」

「おおぅ、そうなのか。じゃが、勢いも大事じゃな。して、答えは? どうだったのじゃ?」

「五年、待ってくれって言われました」

「ご、五年もか?」

「三十になるまでは結婚もできなければ、異性と手をつなぐことすら禁止されているそうなんです」

「宗教かなにかか?」

「はい」


 スフィーダ、少し、眉をひそめる。

 二千年以上にわたる生の中で、そこまで閉鎖的な宗教は聞いたことがない。


「あと、男性からもらう贈り物はダイヤじゃないといけないそうです。まあ、それくらいなら安いものです。僕、お金だけはありますから、えへへ」


 スフィーダ、ますます難しい顔になる。

 本当に、そんな宗教、聞いたことがない。


 ひょっとすると、いや、まず間違いなく、相手の目的は金銭では……?

 むしり取られるだけむしり取られて、どこかのタイミングでフラれてしまうのでは……?


 スフィーダはヨシュアを見上げた。

 彼は呆れたような顔をして、肩をすくめてみせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛小説家の中の人はこんな感じですか~。 しかしそれでも馬鹿にせず、的確なアドバイスをするスフィーダが素敵です。 そして予想に反して、上手くいったと思いきや どうやら完全に金ずるにされてる模…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ