第178話 戦線に異常ナシ。
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月曜日の昼食時。
スフィーダはいつも通り、玉座のそばに設けさせた白いテーブルを前にしている。
向かいの席にはヨシュアの姿。
彼は食後の紅茶を品よく飲みながら、「昨日、最前線を見てまいりました」と話した。
「グスタフとの件じゃな? どうじゃった?」
「適切な手段を用いて首都までの道のりをたどっています。さすがはリンドブルム中将といったところでございます。しかし」
「しかし?」
「いえ。一般兵に魔法を浴びせるのは、やはり倫理的にどうかと思いまして」
「それなら、首都直上から一気に攻め込んだらどうじゃ?」
「その戦法は、正直、いただけません。それくらい、陛下もおわかりなのでは?」
「そりゃあの。一歩ずつ進むのが、ヒトの道というものじゃろう」
「とはいえ、解決を急ぎたいのは事実です」
「グスタフの民も、早期の決着を望んでいるのではないか?」
「それはその通りでしょう。独裁政権の打倒は、願ったり叶ったりかもしれません。まあ、熱狂的、あるいは信者のような国民はそうは考えないことでしょうが」
「グスタフという名は残すのか?」
「それは民が決めます」
「まあ、そうか」
「はい」
「いつ頃、収まりそうじゃ?」
「一週間程度でしょう」
スフィーダは口元を緩めた。
少々の苦笑が入り交じった笑みだ。
「やはり強いな。我が軍は」
「戦争の歴史を積み重ねてきたからこその強さです。ですので、少し悲しい強さだと言えます」
「悲しい強さ、か。おまえはときどき、名言を残しよるな」
「そんなつもりはないのですが」
◆◆◆
夜。
スフィーダの私室。
彼女はベッドの端に腰掛けており、向かいの椅子にはヨシュアが座っている。
「それで、なんの御用でしょうか?」
そう。
スフィーダがヨシュアを呼び出したのだ。
「いや。気になることがあっての」
「気になること?」
「以前、メチャクチャな男が玉座の間に現れたじゃろう?」
「メチャクチャな男? ああ、高校の教師だった男でございますね?」
「うむ。確か名は、ヤンケといったな」
「彼がどうかしましたか?」
「奴めはグスタフとつながりを持つスパイという話じゃった」
ヨシュアは目を閉じ、軽い感じで頷いた。
なにもかも把握したとでも言わんばかりの仕草である。
「そうですね。警察も裏を取ったようでした」
「ヨシュアよ。わしは案じておるのじゃ。このプサルムには他国の工作員が、多く入り込んでいるのではないかと」
「的を得たご見解かと存じます」
「仮に、仮にじゃ、悪さを働こうとしているグスタフのニンゲンが我が国にいるのだとすれば、少し剣呑な匂いが漂ってきたりはせんか?」
「公安警察の活動は正確かつスピーディです。よって、実のところ、私はそう心配しておりません」
「そうなのか? おまえらしくもない」
「というと?」
「すべての不確定要素を洗い出し、それらを一つずつ潰していく。そうするのがヨシュア・ヴィノーのやり方であるはずじゃろう? グスタフの連中は、あるいはなりふり構わず非人道的な作戦を実行するかもしれんぞ?」
まあ用心深いのが私かもしれませんが。
そういうあたり、ヨシュアは自らの性質については否定しないらしい。
「具体的にはなにが起こるとおっしゃりたいのですか?」
「それはまあ、すぐには思い浮かばんが……」
「なにがあろうと、陛下が気を揉まれる必要はございません。そのために、私どもがいるのでございます」
「じゃがのぅ、じゃがのぅ……」
「どうか明るいお顔をなさっていてくださいませ。近いうちに、間違いなく戦は終わるのですから」
「それでももう一度、言っておく。わしは不安じゃ、心配じゃ」
「あまりそういうことをおっしゃらないでくださいませ。陛下のお言葉は、いろいろとフラグになりかねないのですから」
「なにも起きないことを祈る」
「私もそうでございますよ」




