第177話 成長する魔法使い?
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夜。
城内の小さな会議室。
スフィーダは木の椅子にクッションを置き、その上によいしょと腰掛けた。
ヨシュアは彼女の正面の席につく。
「思っていたより数が多い。そんなところでございます」
別に困った様子を見せるでもなく、ヨシュアはさらりとそう言った。
「以前、ラースが国民皆兵をうたっていると言っておったな」
「はい。ですが、先述しました通り、数が多いというだけでございます」
「素人が多くを占めるということか?」
「だからこそ、殺めるのは気が引ける、と」
「それが現地からの報告なのじゃな?」
「さようにございます」
スフィーダは前髪を掻き上げつつ、吐息をついた。
「うまいこと、降伏を促すことはできんのか?」
「それが可能であれば、すでにやっています。グスタフの指導者のことはご存じですか?」
「ヘルゲ・ラマという老人じゃろう?」
「もう八十二歳だそうです。その年齢にして野心があり、権力にしがみつき、果ては国民の命を平気で危険に晒す。ゆるせず、またゆるされない人物です」
「こっちは以前のことは水に流してもよいと言っておるわけじゃ。なのに、どうして……」
「ですから、それはヘルゲ・ラマ氏の裁量に原因があります」
「会えんか? わしが説得を試みることはナシか?」
「ナシではありませんが、無駄だとわかっています」
「やはりそうなのか……」
俯き加減で、ゆるゆると首を横に振ったスフィーダ。
しかし、嘆いてばかりではいけないと思い直し。
「本件を預かっているのは、依然リンドブルムなのか?」
「彼と本人のリクエストもあって、エヴァ・クレイヴァー少佐を参戦させています。メンタルにはまだまだ問題がありますが、彼女はこと戦闘においては有能です。上役の命令も聞くようになってきました。よい傾向と言えます」
「新しいフォトンの部隊は?」
「彼らを使うまでもありません」
「やはり、それほどまでにグスタフはチョロいのか」
「チョロいですね」
「事がうまく運ぶとよいのぅ」
「今回はリスクが少ない。問題はないと踏んでいます」
「じゃが、そういうときに限って、のっぴきならない状況に陥ったりするものなのじゃ」
「経験則でございますか?」
「うむ」
「であれば、少し心配になってきますね」
「じゃろう?」
「はい。陛下の勘は本当によく当たりますから」
◆◆◆
次の日の夜。
玉座のそばに設けさせた白いテーブルにて食事をとっている最中に、赤絨毯の上に飴色の筒、すなわち移送法陣が発生した。
その気配を察知したのだろう。
スフィーダの正面に座っているヨシュアが素早く立ち上がった。
彼は身を翻す。
筒の中から誰が現れるのかを確かめるためだ。
飴色の筒はやがて空気に溶けるようにして色を失った。
登場した人物。
それはエヴァ・クレイヴァーだった。
黒い軍服姿ではあるものの、今日も着衣の丈が短い。
へそが見え、太ももはむき出しだ。
スフィーダは首に掛けていたナプキンを取り払い、腰を上げ、ヨシュアの隣に立った。
彼はやれやれとでも言わんばかりに、首を横に振ってみせた。
「エヴァ・クレイヴァー少佐。何度言えばわかるんですか。移送法陣を使って玉座の間に現れるな。その旨は口酸っぱく告げているはずです」
ヨシュアにそう咎められても、エヴァに反省の色はない。
むしろニコニコ笑いつつ駆け、スフィーダらの目の前までやってきた。
エヴァは「できることが多くなったの!」と言い、さらには「やっぱり私、魔法がうまくなってる!」と声を弾ませた。
当然、眉間にしわを寄せたヨシュアである。
「気のせいでは?」
「そんなんじゃないわよ。できなかったことができるようになったって言ってるの」
「それは以前にも伺った覚えがありますが、今回の場合は? なにができたんですか?」
「黄金色の光の雨。シンプルで一般的な魔法だけど、その攻撃範囲がメチャクチャ広がったのよ!」
「気のせいでは?」
「閣下はそれしか言えないの?」
「前にも言いました。魔法が達者になるケースなど聞いたことがない、と」
「だったらやっぱり私は特別なのよ! やったーっ!」
エヴァは右手を突き上げ、ぴょんと跳ねた。
「ひょっとしたら、閣下に追いつけるかもしれない。スゴい、スゴい! 予感が確信に変わったのよ! どう? こんなに嬉しいことって他にある?」
「そんなことを報告するために、戻ってきたんですか?」
「うん。ダメ?」
「現地に戻りなさい。移送法陣の使用を許可しますから」
「晩御飯、食べていってもいい? あと、観たいミュージカルがあるの」
「夕食は、まあいいでしょう。しかし、ミュージカルは今度にしなさい」
「あー、嬉しい、超嬉しいっ! 私は成長する魔法使いなのよ!」
そして、お尻を振り振り、玉座の間から立ち去ったエヴァ。
スフィーダはヨシュアに、「後天的に魔法がうまくなる。そんなこと、あり得るのじゃろうか?」と話し掛けた。
「現状ではなんとも。しかし、それがヒトの可能性なのだとしたら……」
「なにか困ることでもあるのか?」
「ダインのことでございます」
「彼奴がどうかしたか?」
「ダイン魔女とヒトとの混血とされています。エヴァ・クレイヴァーの例を要素として加えると、あるいは、ダインは魔女をも超える存在なのかもしれない」
「その点についての議論は、以前からあったじゃろう? じゃから、フォトンめは意を決してダインを討とうとした」
「慧眼なのかもしれませんね」
「フォトンがか?」
「はい」
「どうあれ、ダインとぶつかるのはわしじゃ。任せておけ」
「お断りいたします」
「な、なぬっ?」
「申し上げました。ダインは魔女をも上回る存在かもしれないと。そうである以上、お任せすることはできません。陛下の代わりはいないのでございます」
「じゃ、じゃが、それは恐らくわしにしかできん芸当で――」
「問答は無用です。陛下の命を守るために、私どもはいる。その旨、ゆめゆめ忘れないでくださいませ」
ヨシュアがあまりに真剣な目を向けてくるものだから、スフィーダは少し身を引いてしまった。




