第176話 十七歳コンビの参戦。
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「ぶっちゃけ、暇してたッスよ」
片膝をつき、礼を尽くした姿勢でそう言ったのはピットだ。
そう。
礼は尽くしている。
だがしかし、言葉遣いがえらくぶっきらぼうすぎるからだろう。
彼は並びにいるミカエラに、左の肩をどつかれたのだった。
「い、いてーよ、ミカ。なにしやがる」
「ピット、私はね、アンタの教育にわざわざ時間を割いてあげてるの。せいぜい、感謝しな」
「んなもん、要らねーよ」
「スフィーダ様とヴィノー閣下だからゆるしてもらえるんだよ。フツウなら業火に焼かれていたっておかしくない」
「ごっ、業火って、そこまで大げさな話でもねーだろ?」
「とにかく黙ってな。あとの話はあたしがするから」
「で、でもよぅ」
「黙ってな」
「……はい」
スフィーダは声を上げて笑った。
尻に敷かれるという言葉があるが、まさにその通りではないか。
ともあれ。
「ミカエラ、それにピットよ、今日はどうしてやってきたのじゃ?」
「お二人の顔を見たかったんです。ダメですか?」
「ダメではない。そなたは本当に肝が据わっておるのぅ」
「気まぐれに訪ねてきたのに、その都度、通していただいていることについては感謝のしようがありません」
スフィーダは左方を見上げた。
ヨシュアは「ふふ」と笑ってみせた。
「あなた達二人は私のお気に入りですからね。多少のわがままくらい、受け容れますよ」
「閣下」
「はい」
「グスタフを仕留めるにあたってご採用いただいた旨、ありがたく思います」
「あなた方は凄腕です」
「そうですか?」
「ええ。私は認めています。そこで」
「そこで?」
「英才教育を施したいと考えています」
「それって、ヒトに使われるのではなく、ヒトを使う立場になれってことですか?」
「ええ。察しがいいですね」
「申し訳ありませんけど、お断りしたいです」
「わかっていますよ」
「えっ?」
「言ってみただけ。そういうことです。最前線で戦いなさい。くれぐれも、悔いだけは残さないように」
ミカエラとピットは目を輝かせて、「はいっ!」と大きな返事をした。
ヨシュアは適材適所がわかっている。
だからこそ、大将閣下なのだろうが。
「両少尉に伺います。戦況を知りたいですか?」
必要ありません。
そう答えたのは、やはりミカエラだ。
「報道にある通り、今のところ、なんの障害もないんですよね?」
「ないですね」
「だったら、根っこを削ぎ落とすだけです」
「我が国の方針は、知っていますか?」
「一旦、グスタフを占領地とするとかなんとか」
「その通りです。何年先になるかはわかりませんが、いずれはハインドに任せます」
「ヒトがよすぎる行いのように思えますけれど」
「それでいいんですよ」
「閣下がおっしゃるのなら、まあ」
「私の考えである前にセラー首相の意向なんですがね。他になにか質問は?」
「一応、伺っておきたいことがあります」
「それは?」
「グスタフにはいまだ、魔法使いがいるんですか?」
「いい質問です。確固たる情報は得られていません。しかし、当然、いると考えて事にあたるべきです。異論はありますか?」
「疑問も異論もありませんけれど、一方的になっちゃったら、嫌だな、って」
「ミカエラ少尉。言っておきます。そんな甘さを持っていては、いつかやられてしまいますよ」
ミカエラはらしくもなく目を見開き、それから俯いた。
ヨシュアは相手の図星、意表を突くのがうまい。
「申し訳ありません」
絞り出すようにしてそう言うあたりが、またミカエラらしくない。
「いいんですよ」
ヨシュアに優しくそう言われ、ようやっと顔を上げたミカエラ。
キリッと締まった表情をしている
「全力でやります。無論、市民への被害は最小限に抑えた上で」
「貴女の気概は素晴らしい。尊敬に値します」
「本件を預かるのは、リンドブルム中将なんですよね?」
「なにか問題が?」
「以前、尻を触られた覚えがあります。セクハラです。処分してください」
「本気で言っているんですか?」
「いいえ。冗談です。まあなんというか、がんばれと叩かれただけですから」
「リンドブルム中将は、我が軍に欠かせない人物です。彼にも認めてもらえるよう、気合いを入れて事に臨みなさい」
「本当に、いよいよ本腰を入れるんですね」
「グスタフを潰してしまえば、我が国にとっての脅威が一つなくなる。大切なことです」
「くどいようですが、やっちゃいます」
「ええ。やっちゃってください。二人とも、立ちなさい」
ピットとミカエラは、「はっ!」と返事をし、立ち上がった。
「どう考えてもこちらが有利な戦争です。だからこそ、気を引き締めて掛かるように」
ヨシュア・ヴィノーとは、まこと不思議な男だ。
静かなのに、力強い。
厳しいのに、優しい。
だからなにを言っても、説得力がある。
稀代の天才。
そうであることは、否定しようがないのだ。




