第175話 自死へと向かう国。
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ハインドの首脳を含めた代表団がプサルムを訪れたのに合わせ、早速、会談の場が設けられた。
純白のクロスが敷かれた長いテーブルを挟んで、両国の政府関係者が向かい合っている。
先方の首相が口を開く。
名はザカリヤ・ウォー。
ロマンスグレーのナイスミドルである。
「ビーンシィがグスタフから急襲を受ける。そのケースは想定していたと述べても差し支えがない。むしろ、これは好機であるくらいに考えています」
すると、プサルムの首相、アーノルド・セラーが「でしょうね」と頷き、「そう解釈されるのもわかります」と続けた。
プサルムの北方には、西からハインド、ビーンシィ、グスタフと、三国が並んでいる。
ビーンシィは一度、グスタフの軍門に降った。
しかし、占領されていた期間は短く、ハインドの手により解放された。
「私どもは右翼を自認している」
「ウォー首相。お言葉ですが、そのようなことは訊いていません」
「貴国と似たような政権運営だと考え、その旨、申し上げただけです」
「確かに、私も右寄りなことには自覚的ですが。それで?」
「みなで話し合いました。グスタフを攻め取ってやろう。そう判断しました」
「国民の支持は?」
「正しいことをすれば、それはあとからついてくる」
「多少、乱暴な言い方に聞こえますね」
「事実を申し上げたまでです」
なるほど。
ザカリヤとは力強い男だなと感じさせられた。
周りからなにを言われようが、一度決めたことは完遂する。
そんな意気込みが、ひしひしと伝わってくる。
アーノルドが「だいぶん端折って申し上げますが、要するに支援要請ということですね?」と訊ねた。
「グスタフを落とせるとは考えています。しかし、我がハインドの国力では戦後処理がままなりません。経済的な格差を埋めることができない。その点を踏まえ、ご一考いただきたく存じます」
「かの国を一度さっぱりさせ、生まれ変わらせたいというご方針は理解しました。こういう場合、手を取り合ってもよい、いや、手を取り合うべきだと考えます。隣国のことなのですから、見て見ぬふりはできません。わかりました。まずは速やかに派兵できるよう、調整します」
「お手を煩わせてしまい、まことに申し訳ありません」
「貴国とはこの先、もっと密に連携をとりたいと考えます。こちらこそ、よろしくお願いします」
両者とも立ち上がり、テーブル越しに握手を交わしたのだった。
◆◆◆
会談後、ランチタイムがあり、さらにそのあとの話である。
ハインドの代表の一人として訪れたラースを、スフィーダはお茶に誘った。
玉座のそばに設けさせたテーブルにおいて、彼と向き合っている。
彼女の左隣にはヨシュアの姿もある。
相変わらず、ラースの顔立ちは美しい。
まだ十七歳ながらも、匂い立つような色っぽさを漂わせている稀な美男である。
一軍人にしておくのはもったないように思えるのは、気のせいではないだろう。
「ラースよ、そなたとはつくづく縁があるように感じておる」
「私もです。光栄なことです」
「グスタフに攻め入られた旨はわしも聞いたが、戦況はどうなのじゃ?」
ラースはカップをソーサーに置くと、「現状、五分五分です」と答えた。
「ほぅ。互角なのか」
「グスタフの兵はまるで火の玉のようです。死ぬことを恐れていないように見受けられます」
「洗脳かなにか、そのような処置を施されたのかのぅ」
「それに近いものがあると、私は捉えています」
「じゃが、我が軍に南から攻め上がられれば、にっちもさっちもいかなくなるじゃろう」
「ウォー首相もおっしゃっていましたが、たびたびの協力要請については、私も申し訳なく思っています」
「よいよい。気にするな。といっても、力を貸す貸さないは、わしが決められることではないがの。しかし、重ねてになるが、グスタフは愚かな真似をしたものじゃ。自らが蛮行に走れば、このような事態になることは目に見えていたじゃろうに」
ラースは「ええ」答えた。
それから苦笑じみた表情を浮かべてみせた。
現状にはあまり納得していないように見える。
「先方との会談は、数度、執り行われたんです。しかし、何回やろうと結果は芳しくありませんでした」
「独裁国家という体制。ザカリヤを始めとするハインド政府は、その維持を認めなかったのじゃろう?」
「その通りです」
「グスタフの民は飢えに苦しんでいると聞く。じゃが、食糧支援の要請すらないらしい。じゃろう? ヨシュアよ」
「はい。まったくございません。今回起こした行動を含め、かの国は間違いなく滅びの道を歩んでいます」
「先達て、魔物どもと激しい戦を繰り広げたばかりじゃ。次はスムーズに解決できるとよいのぅ」
「あっ」
「むっ。どうした?」
「いえ。魔物の王を倒したのは、スフィーダ様だと耳にしたものですから」
「そうじゃが、それがどうかしたか?」
「魔物は我が国にも押し寄せました。なんとか撃退できましたが、ヒトよりずっと強かった。そんな種族、民族の王を討ち取るなんて、スフィーダ様はやっぱりスゴいなって」
「ハッハッハ。そうじゃろう、そうじゃろう。こう見えても、一応、魔女じゃからの。じゃが、腕相撲ならそなたにだって負けてしまうぞ?」
「そうなんですよね」
おかしそうにクスクス笑ったラース。
「それにしても、プサルムの紅茶はおいしいですね。みやげに買って帰ろうと思います」
「どこかの誰かさんはまずいと連呼しておるがの」
「どなたですか?」
「名を呼ぶことすら腹立たしいから黙秘する」
スフィーダは右手の人差し指を唇に当てた。
ウインクなんてしてみせてやると、ラースはまた上品に笑ったのだった。




