第171話 マキエ・カタセのカタオモイ。
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「午後一発目は、まだ十八の女性でございます」
「おぉっ。おまえが事前に謁見者のことを教えてくれるとは珍しいのぅ。して、何用なのじゃ?」
「そこまでは聞いておりません」
「ふむ。では、楽しみに待つこととさせてもらおう」
そのうち、ずっと向こうにある大扉が開いた。
双子の近衛兵、ニックスとレックスに挟まれ歩んでくるのは、タイトな黒い着衣に身を包んだ、比較的小柄な女子である。
黒い着衣とは軍服である。
十八にして軍人。
その事実を目の当たりにして、スフィーダは少なからず感動した。
若くして国のことを思い、職を選んだに違いないのだから。
肩先までの真っ黒な髪に切れ長の目。
すっと通った鼻筋。
薄くて小さな唇には愛嬌がある。
その女子は、所定の位置で片膝をついた。
頭を垂れ、静かだがよく通る声で「マキエ・カタセと申します」と名乗ってみせた。
マキエ・カタセ。
いい名前だなと感じるとともに、疑問が浮かんだ。
「独特な名じゃの。ひょっとして、そなたは」
「はい。ルーツはカナデ王国です」
スフィーダ、納得。
「先達てのことは、不幸な事件じゃった」
緑の魔物らの手によってカナデの地が蹂躙されたことを指して、スフィーダはそう言った。
するとマキエは「割り切っています」と述べた。
どっしりと腰の据わった物言いは、評価に値する。
「遅くなってしまった。マキエ、面を上げよ」
「はっ」
マキエは顔を見せてくれた。
やはり目つきは少々鋭い。
だが、見ようによっては優しさ、あるいは幼さをふんだんに含んだ瞳にも見えるのだ。
不思議なものである。
「まずは椅子に腰掛けてほしいのじゃ」
「失礼いたします」
マキエはお行儀よく席についた。
「して、マキエはどうしてわしを訪ねてきたのじゃ?」
「えっと、それはですね……」
「ん?」
マキエの態度が一変、急にもじもじし始めたことから、その様子について、スフィーダは不思議に思った次第である。
「な、なにか、のっぴきならない状況にあったりするのか?」
なぜだろう。
訊くに際し、どもってしまった。
マキエは切実そうなまなざしを向けてくる。
本当に、これまでの雰囲気とはまるで違っているので、スフィーダ、怪訝に思うしかないのである。
「あ、あのっ!」
「ななっ、なんじゃ?」
「じ、実は私……」
「う、うむ、うむっ」
「あろうことか、上司に恋をしてしまったのです」
「こ、恋? じょじょっ、上司?」
「私はフォトン・メルドー少佐の部隊に採用していただきました」
「お、おぉっ。それはスゴいことではないか」
「はい。プサルム最強とされる部隊。それに参加できることになり、喜んだことは言うまでもないのです」
「そうじゃろうのぅ」
しかし、と思うスフィーダ。
上司に恋?
それってすなわち、フォトンに惚れてしまったということではないか。
フォトンにとって、自分は特別な存在であると信じてはいるが、ライバルが増えてしまうのは、正直、あまり面白いこととは言えないのである。
よってスフィーダ、少し眉根にしわを寄せてしまうのである。
しかし、こういったシチュエーションにおいても、しっかりとした対応を見せなければならない。
一人の女でもあるが、それ以前に女王陛下なのだから。
「フォ、フォトン・メルドー少佐は確かに魅力的な男じゃと思う。そなたが想いを寄せるのも無理はな――」
「えっ」
「えっ?」
「私が好きになってしまったのは、フォトン少佐ではないのです」
「で、では、誰だというのじゃ?」
「ヴァレリア大尉なのです」
「ヴァ、ヴァレリア?!」
「いけないのですか?」
「い、いや。そんなことはない。そんなことはないぞ」
上目遣いでスフィーダのことを見てから、マキエは頬を赤らめた。
「大尉はスゴいのです。とても強いのに、とても優しくて、とてもとても部下のことを思いやってくださるのです。ああ、こういうヒトがヒトの上に立つヒトなのだなと、日々、強く感じさせられているのです」
「まあ、上司としては最高かもしれんの。先の戦にて部隊を壊滅に追い込まれた際にも言っておった。家族を失った、とな」
「やっぱり、素敵な方なのですね」
「そなたもすでにヴァレリアにとっては家族なのじゃと思うぞ?」
「でも、私が求めているのは、そういうのではなくて……」
「な、なにか不満があるのか?」
「私は、もっとこう、大尉に近くありたいのです。もっと言ってしまうと」
先を紡ぐのがよほど恥ずかしいのか、マキエは顔を両手で覆ってしまった。
「もっとその……なんだというのじゃ?」
「もっとこう、大切にされたいというか、もっとこう、肌に触れたいというか、エッチなことがしたいのですっ」
「エ、エッチなことがしたい?!」
顔を覆っていた両手を、案外、思い切りよく解いたマキエ。
「大事にしていただきたいのです、とにかく大事にっ」
「しし、しかしじゃな、わしが知る限り、ヴァレリアはその、フォトンのことを……」
「愛していらっしゃるのですよね?」
「知っておったのか」
「見ていればわかるのです」
「ま、まあ、そうかもしれんの」
「うぉぉぉぉ……」
「ななっ、なんじゃ? なんの声じゃ。そして、急に頭を抱えてどうしたのじゃ?」
「苦しみの呻き声と苦しみのポーズなのですよ」
「く、苦しんでおるのか?」
「そうなのです。うぉぉぉぉ……」
「じゃ、じゃが、ヴァレリアは……うーん、なんというかのぅ……」
不敵かつなにをしでかすかわからないところのあるヴァレリアだ。
となると、戯れにマキエにあれこれしてしまうかもしれない。
その場面を想像すると、頬が熱くなってしまう。
「でも」
「で、でも?」
「しっかり働かないことには話にならないと思うのです。大尉への気持ちはずっと続く予感がしています。ですけど、今の私は、あのフォトン・メルドー少佐の部下なのです。採っていただいたのです。抜擢していただいたのです。がんばるしかありませんし、がんばりたいのです」
力強い言葉を耳にして、スフィーダは思わずうるっとしてしまうのである。
このへんが、年をとった証左なのである。
とにかく涙腺が緩いのである。
「がんばるしかない。がんばりたいと考えている。だったら誰よりもがんばるのじゃ。そなたの未来は、きっと明るいぞ」
「ありがとうございます。ホッとしたのです。気持ちが楽になったのです。謁見を申し込んで、本当によかったのです」
ニッコリと笑んだマキエ。
まこと、愛らしい笑顔だった。




