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第170話 ときには舌を求め合って。

       ◆◆◆


 玉座のそばに置かせた椅子の上にて、スフィーダは絹製のカットクロスをすっぽりとかぶっている。

 彼女の正面には、これまた運ばせた鏡台がある。


 散髪中なのだ。

 ひとつきに一度は切ってもらっているのだ。

 大幅にヘアスタイルを変えたことはないのだ。

 せいぜい長さを調整してもらう程度なのだ。


 そんな最中にも、ヨシュアは近くにいる。

 突っ立ったまま、読書している。


 スフィーダは「のぅ、ヨシュアよ」と声を掛けてみた。

 無論、顔も動かさず、首も回さずにだ。


「なんでございましょう?」

「いや。なんとなく呼んでみたのじゃ」

「お暇なのですね」

「そりゃそうじゃ。髪を切ってもらっているだけじゃからの」

「陛下の流麗なぐしをいただきとうございます」

「む。なぜじゃ?」

「高く売れるに決まっているから――」

「ヨシュア! おまえは相変わらずのヘンタイか!?」


 首をぐるんと回してしまったので、美容師の女に「へ、陛下。動かないでくださいませ」と注意されてしまった。


「あ、あぅ。すまんかった」


 謝罪し、スフィーダは前を向く。


 ただでさえ、美容師は緊張の面持ちなのだ。

 よって、余計な気を遣わせてはいけないのだ。


「いっそ短くなさってみてはいかがでしょう?」

「なんの話じゃ?」

「もちろん、髪型の話でございます」

「むぅ。じゃが、長いほうがかわいくないか?」

「古い価値観でございますね」

「古いとまで言うのか」

「最近、ウチのは短くしました」

「クロエが?」

「髪を洗うのが楽になったと喜んでおります」

「まあ、そういったメリットはあるかもしれんが」

「やはり、長いほうが好みだと?」

「いかんか?」

「ショートにすると、大人っぽく見えることかと存じます」

「大人っぽい幼女。誰も求めてはおらんキャラではないか?」

「そうでもないと思いますが?」

「む、むぅ……」


 美容師に「い、いかがいたしましょう?」と訊ねられた。

 口を結んで考えた末、スフィーダは「やはり揃える程度でよいぞ」と答えたのだった。


 短くするのは簡単だ、一瞬だ。

 だが、伸ばすとなると、だいぶん時間がかかる。


 どうせ、一月後にはまたハサミを入れてもらうことになるのだ。

 答えはそのときまで引き延ばしても、なんら問題はない。


 というか、長いのと短いの、どっちがいいだろう。

 フォトンはどっちが好きなのだろう……。


 フォトン、フォトン、フォトン……。


 気づけば彼のことで頭がいっぱいになっていて、そのせいでスフィーダは盛大に赤面してしまった。


 その様子を見てだろう。

 クスッと笑ってみせたヨシュア。

 勘がよすぎる。

 いつものことではあるのだが。




       ◆◆◆


 現状の仕事がもっぱら兵の育成だということもあり、フォトンは首都アルネにいる。

 だから、会おうと思えばいつだって会えるのだ。

 とはいえ、自分から誘うといろいろとまずい気がするので、スフィーダはそれをしない。

 彼が来てくれるのを期待する毎日なのである。


 髪を切った翌日の夜のことだ。

 フォトンが訪ねてきてくれた。


 ヨシュアはすでに席をはずしていたが、玉座の間には、まだ侍女らがいた。

 しかし、彼女らの視線などおかまいなしに、スフィーダはその大きな左手をグイグイと引っ張って、フォトンを私室へと迎え入れた。

 それから彼のことを椅子に座らせ、彼女は両手を目一杯広げたのである。


 意図は伝わった。


 フォトンは上体を前に倒してくれた。

 スフィーダは少し背伸びをして、彼の首に両腕を巻きつけた。

 それから、唇を重ね、互いに舌を求め合った。


 れろれろ、れろれろ、れろれろろ……。


 一分ほどで一段落。

 今度はスフィーダ、フォトンの胸に背を預けるようにして、彼の膝の上に座った。


 そして、訊ねた。


「フォトンよ、おまえは髪が長い女と短い女、どっちが好きじゃ?」


 スフィーダの腹部に、フォトンが右腕を回す。

 それから左手の指を使って、彼女の長い髪を大切そうに弄んだ。


「うーむ。わしはわしなりに悩んでおるのじゃがのぅ……」


 するとフォトンは右手を伸ばし、机の上に無造作に置いてあった万年筆とメモ帳を手にした。

 なにやらすらすらとしたためて、それを見せてきた。


 こう書かれていた。


「どっちでもいい」


 一番、困る回答だ。

 でも、愛されているからこそ、どうでもいい些末な問題なのかもしれない。


 一度、床に立ち、身を翻して彼の膝に正面から乗り上げた。

 胸に顔を寄せる。

 静かな鼓動に耳をすませる。


「やっぱり、わしはおまえのことを愛してしまっているようじゃ」


 ふふと笑ってそう言ってやると、フォトンは両腕で抱き締めてくれた。

 イイ感じだった。


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