第169話 人類は協調できるはずなのに。
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わがままを言って、朝から牛フィレステーキにしてもらったのである。
三百グラムもあるのである。
ライスも大盛りなのである。
とにかく食べるのである。
ばくばくばくばく食べるのである。
そんな最中にである。
かたわらに控えているヨシュアが、こんなことを訊ねてきたのである。
「陛下の歯は乳歯なのですか? それとも永久歯なのですか?」
ひとまず無視して食べたのである。
やはり、ばくばくばくばく食べまくったのである。
そしてすべてを食べ尽くし、ナプキンで上品に口を拭ってから答えたのである。
「よい質問じゃ。ついに気づきよったか」
「いったい、どちらなのでございますか?」
「どちらでもないと考えておる」
「というと?」
「生え変わっておらんという点では乳歯じゃ。しかし、ずっとこのままだというふうに考えると永久歯じゃ」
「なるほどでございます。うまいことおっしゃったものですね」
「じゃろう?」
スフィーダは「ふはははは」と笑った。
ヨシュアに「別に笑うところではありませんよ」とツッコミを入れられたが気にしない。
「そうですか。魔女の歯は生え変わらないのでございますか」
「すべての魔女に言えることだとは限らんぞ。わしがそうじゃというだけかもしれん。ともあれ、どうしてそんなことに興味を持ったのかと訊いておく」
「陛下のことを、誰よりも深く知りたいからでございます」
「魔女の最側近としてのプライドか?」
「そんなところです」
「この先、生え変わらんとも限らんがの。自分で言うのもなんじゃが、なにせ魔女はイレギュラーじゃ」
「虫歯を患われたことはないとおっしゃっていましたね」
「実際、ないぞ」
「しかし、この先、どうかはわかりません」
「ならんならん。二千年以上生きておってそうなのじゃから、確率論的に言っても――」
「とかなんとかおっしゃっておきながら、お風邪を召されたではありませんか」
「そういえば、そうじゃったな。おまえは、あるのか?」
「虫歯になった経験が、でございますか?」
「そうじゃ」
「ございません。歯を磨く。それはヴィノー家において、最も大切な決め事の一つでございますから」
「おぉっ。意外な決め事じゃの」
「いえ。嘘でございます」
「な、なぜ嘘をつくのじゃ」
「純真無垢な陛下をからかうのは、非常に楽しいことでございます」
その物言いに腹立たしさを覚え、スフィーダはヨシュアの横腹に左ストレートを浴びせた。
ノーダメージなのは言うまでもない。
「じゃがしかし、生え変わったほうがよいのかのぅ」
「どうしてそうお考えに?」
「そのほうがニンゲンっぽいじゃろう?」
「ニンゲンっぽいほうがよろしいのですか?」
「自分は人外なのかと思うと、ときどき悲しくなる」
「しかし、陛下は幼女のお姿のまま、えらく長生きをされているというだけです。見た目は完全にニンゲンではありませんか」
「じゃから、気にするなと?」
「さようでございます」
スフィーダは腕を組み組み、首をかしげる。
「はたして、わしはこのままでよいのじゃろうか」
「今度はまた、小難しい思考でございますね」
「だってじゃ、だって、ときどき、わしの仕事は女王などではないような気がしてしまうのじゃ」
「あらゆるファクターを考慮して判断すると、女王というお立場しかないように思いますが?」
「長らく生きてきた経験を活かして教育の現場に関わるとか、そういうのはナシじゃろうか」
「突拍子もない案が出てきましたね」
「じゃろうか?」
「そうかと存じます」
うーんと頭を悩ませるのは、スフィーダ。
にこりと笑むのは、ヨシュアである。
「というか」
「というか?」
「魔法が使える子には、どうやって教育を施しておるのじゃ? たとえば駄々をこねるたびに火の玉を撃ってくる子供なんかがおったら、危険極まりないじゃろう?」
「話が飛躍しっぱなしですが」
「そう言わずに教えろ」
「魔法が使える子に恵まれた場合、両親はその旨を役所に届け出ます。その上で、言わば魔法学校ですね。子をそこに入学させるんです」
「それで問題はないのか?」
「ところどころで評価を設け、適切なディレクションを行う必要があるというだけであって、ほとんど問題ありません。魔法を使えるという特異性、加えて、だからこそ守るべき倫理を根気よく叩き込むわけです。どこの国も採用しているシステムでございます」
「どこの国も、なのか?」
「恐らく、カリキュラムは世界共通と言っても過言ではないと思います」
「曙光もアーカムもか?」
「グスタフ、それにハイペリオンだってそうでしょう」
「そのへんの分野に関しては国家間を超越して協調し合えるのに、どうして戦争は起きるのじゃ?」
「どういうかたちであれ、多国間で交流を持つうちに、そういうところだけが小慣れていったのでございますよ」
「デファクトスタンダードというヤツか?」
「グローバルスタンダードでございます」
「ニンゲンというのは難解な生き物じゃのぅ」
「そうおっしゃることで、ご自分が魔女であるということを認めていらっしゃる」
ヨシュアがクスクスと笑った。
まったく、妙なところで笑う男である。
まあ、そのへん、本人の自由ではあるが。
「そういえば」
「む。今度はなんじゃ?」
「夕方に、フォトンがここに寄りたいと」
「えっ」
「嬉しゅうございますか?」
「そ、それは、まあ……」
顔が熱い。
頬が真っ赤になっていることを、スフィーダは自覚する。
「素直でよろしい」
歌うようにそう言ったヨシュアが憎たらしくて、スフィーダはあっかんべぇをしてやった。




