第168話 今度は若手与党議員。
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「スフィーダ様! ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」
与党議員であるらしい黒い背広姿の男の、いきなりの万歳三唱である。
さすがにちょっとびっくりして、スフィーダは身を引いてしまった。
男はスフィーダのゆるしに従い、椅子に座る。
まだまだ年齢は若いように映る。
三十代であることは間違いない。
「名は?」
「フォードと申します」
「与党議員だと聞いた」
「はい。当選二回の衆院議員です」
「がんばっておるか?」
「粉骨砕身、やっています」
「粉骨砕身か。うむ。よい言葉じゃ」
「スフィーダ様」
「なんじゃ?」
「まさか、こうしてお会いできるとは思いもしませんでした。応募はしてみるものですね」
「以前、野党議員の話を聞く機会があった。じゃから、今回はバランスをとるという意味で、そなたのような与党議員をチョイスしたのじゃろう」
スフィーダは左方を見上げつつ、「ヨシュアよ、違うか?」と訊ねた。
彼はすまし顔で「まあ、そういうことでございます」と答えたのだった。
「フォード議員」
「なんでしょうか、ヴィノー閣下」
「仕事は楽しいですか?」
「貴方はまた違った角度から、ものを訊ねてくるのですね」
「いかがですか?」
「楽しいことは楽しいのですが、辟易している部分もあります」
「というと?」
「野党がだらしなさすぎるのです。文句を言うだけで、まったく代案を述べません。よって、存在意義すらあやふやです。なんのためにいるのか、ちんぷんかんぷんです」
あまりに思い切りのよい物言いなので、スフィーダは素直に「フォードはずばずば言うのぅ」と評価した。
「言いたくもなります。それほどまでに、野党は情けないのです」
「個人的には、二大政党制くらいがちょうどよかろうと考えておるのじゃが」
「私もそうです。対等に戦える相手がいれば、議論は深まり、政治はより成熟するはずですから。しかし、今まで成せなかったことを急に成し得ることができるとは、到底、思えません」
「野党第一党に、一度、政権を握らせてみる。それはナシなのかのぅ」
「ギャンブルをする必要はありません。我が党はうまくやっています。それは支持率にも表れている」
「傲慢になってはいかんぞ?」
「なりません。しなやかにがんばる。それが私のモットーです」
堂々とそう宣言はしたのだが、今度は唐突に、照れくさそうに頭を掻いたフォードである。
「しかし、私自身はまだまだなのです。なにせ駆け出しにすぎませんので。まずは信を得続け、当選を重ね、継続して実績を残すのが役割だと認識しとおります」
「アーノルドのことについては? どう考えておるのじゃ?」
「尊敬すべき政治家です。すでに稀代の大宰相の域に達していると思います」
スフィーダは両肘を抱え、それから右の拳を顎に当てた。
確かにフォードは立派な志を持つ有能な人材であるように思う。
だが、ヒトはなんらかの出来事をきっかけに、いきなり変わってしまったりするものだ。
「のぅ、フォードよ。あるいはそなたみたいなタイプのニンゲンが、ある日突然、左を向いてしまうのではないのか?」
「私は真ん中を歩いているつもりですが」
「じゃが、わしのために万歳をしてくれたではないか」
「当然の行いです。国を思うニンゲンならば、スフィーダ様が欠かせないことは必ず理解しています」
「むぅ。わしはそこまで偉くないつもりじゃが……」
「偉い偉くないの問題ではありません。必要なのです。野党議員はそこのところを理解していない。連中は気楽なものですよ。文句を垂れ、野次を飛ばすだけの馬鹿の集まりなのですから。そうでありながら血税から給料を得ている以上、むかっ腹を立てずにはいられません」
「つ、ついにはそこまで言ってしまうのか」
「いけませんでしょうか?」
「論戦する相手のことはリスペクトしたほうがよい」
「それは……そうかもしれませんね」
「じゃろう?」
「はい」
「そなたは素直じゃな。その気持ちを忘れんようにな。なれば、きっと立派な政治家になれるじゃろう」
「がんばります!」
「うむうむ」
◆◆◆
次の謁見者の入場を待つあいだ、ヨシュアに「アーノルドの一強なのか?」と訊いた。
彼は前を向いたまま、「つけ入る隙などございません」答えた。
「じゃが、長期政権ともなるとやがてはダレが生じ、マンネリ化してしまうのではないか?」
「セラー首相はうまくやります。というか」
「というか?」
「仮に彼がこけて下野するようだと、私は陛下の最側近という立場に集中できるようになるかもしれません」
「大将の任を解かれかねないということか?」
「さようでございます」
「それはおまえにとってはよいことなのか?」
「正直、判断の難しいところでございますね」
「時勢によって、答えも変わるか」
「はい」
スフィーダは両手をうんと突き上げ、伸びをした。
「にしても、フォードとしゃべってたときに覚えた違和感はなんだったのじゃろうか」
「違和感でございますか?」
「うむ。違和感じゃ」
「自身の存在の有無が政争の種になってしまっていることが、陛下からすればなんとなく嫌なのではありませんか?」
「おぉっ。なるほど。そういうことか」
「陛下はまた一つ学びましたね」
「それはそうじゃが」
今度は右、左と肩をさすったスフィーダである。
「やはり、小難しい話は苦手だと?」
「ぶっちゃけてしまうと、そういうことじゃ」
「まあ、聞いていてもあまり面白くない話であることは確かですが」
「とはいえ、通す分には平等でよいぞ」
「心広きお言葉。賞賛に値します」
「ふっはは。わしはみんなのスフィーダちゃんじゃからの」




