第165話 ワンパンチ・ブラッド。
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本日一人目の謁見者は、たいへんゴツい男である。
髪を短く刈っていて、真っ青な背広を着ている。
ぱっと見では、年齢はちょっとわからない。
若いといえば若いし、おじさんの域に片足を突っ込んでいるようにも見えなくはない。
スフィーダのゆるしに従い椅子に座った男は、彼女の問い掛けに対して「ブラッドリーだ。もっぱらブラッドで通ってるよ」と、ぶっきらぼうに答えた。
「ならば、ブラッドと呼ばせてもらうぞ」
「好きに呼んでもらってかまわない」
「ブラッドはどんな仕事をしておるのじゃ?」
「ヒトを殴って金を稼いでる」
「な、殴るのか? 物騒じゃの」
「そういうアングラなイベントがあるのさ。素手で殴り合いをするんだよ」
「あまり建設的な職ではないのぅ」
「でも、ファイトマネーは結構な額なんだぜ?」
「そうなのか?」
「俺の二つ名を教えてやる」
「あまり興味はないぞ」
「それでも聞いてもらう」
「わかった。聞かせてもらおう」
「ワンパンチ・ブラッドだ。誰でも一発で倒す、あるいはのすんだよ」
「まあ、そなたは立派な体をしておるしな。頷ける話じゃ。して、今日はなにをしに参ったのじゃ?」
「ヴィノー様に用事があるんだよ」
「ヨシュアに?」
スフィーダは左方に立っているヨシュアを見上げる。
彼はまもなく口を開いた。
「ブラッドさん、私に用があるとは、どういうことですか?」
「アンタに勝ったら箔がつくってもんだろう?」
「そうかもしれませんが、本当にやる気ですか?」
「なんだよ。ビビってるのか?」
「そんなことはありません。ただ、ケガをするのは貴方のほうですから、気が引けまして」
「上等じゃねーか」
ブラッドが椅子から腰を上げた。
仕方ないなあといった面持ちで、ヨシュアは前進、階段を下りた。
顎の下に両の拳をかまえたブラッド。
ヨシュアは特に動きを見せない。
「いいですよ。いつでも掛かって来てください」
「後悔するぜ」
なかなか動きが速いブラッド。
左足を踏み込んで、右のパンチを繰り出した。
それをだ。
ヨシュアは容赦なく、薄紫のバリアで完璧に遮断した。
ブラッドが「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げる。
飛び切りの強度を誇るであろうヨシュアのバリアだ。
間違いなく、ブラッドの拳、それに手首は骨れてしまったことだろう。
ブラッドが負傷したであろう箇所を押さえながら「き、きたねーぞ、テメェ」と文句をつけた。
対してヨシュアは涼しい顔をして、「貴方は前もってルールを決めなかった。それが敗因ですよ」と軽やかに述べた。
「だ、だからって、バリアなんて使うなよ」
「肉弾戦はあまり得意ではないんです」
「ヨシュア・ヴィノー、この借りは必ず返してやるからな!」
「いいえ。もう結構です。貴方では絶対に私には勝てませんから」
「ぐっ、ぐぐぐっ……」
「そろそろお帰り願えますか? 次の謁見者が待っていますので」
ブラッドは右の手首に左手を添えたまま、身を翻した。
そして歩んでいき、やがては大扉の向こうへと消えた。
「まともに相手をして差し上げたほうがよかったですかね」
「わしはそう思うぞ」
「以後、気をつけます」
そんなふうに言うが、ヨシュアはヒトの脳裏にトラウマを植えつけることに関しては天才的だ。
飄々としているのは生まれつきのことだから仕方のないことだとしても、斜にかまえたりヒトを小馬鹿にするのは控えたほうがいいとスフィーダは思う。
しかし、そういう部分も含めて、ヨシュアはヨシュアなのだ。
彼は彼なりに、これから先も愉快に生きてゆくのだろう。
実にしょうもない話、出来事だったが、ブラッドにだって学ぶ部分もあったはずだ。
この先の人生、彼が賢く生きることを願いたい。
少なくとも、身のほどをわきまえずに突っ掛かることはやめてもらいたい。
スフィーダ、自分は優しいなと思った次第である。




