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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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第162話 ドジっ子の新人さん。

       ◆◆◆


 お寝坊さんだと自覚しているのに、早起きしてしまった。

 二度寝にも失敗してしまった。

 やむを得ないので、ベッドからおり、黒いドレスに着替えた次第である。


 私室から、玉座の間に出た。

 するとだ。

 布を使って、玉座をごしごし磨いている侍女の姿が視界に飛び込んできた。

 黒い髪を頭の後ろでお団子に結っている。

 若い。

 見覚えのない顔である。


 侍女がスフィーダに気づいた。


「あっ、スフィーダ様、おはようございます」


 やはり、見たことのない顔だ。

 だから「そなたは新人か?」と訊ねた。


「はい。今日からです」

「ふむふむ。そうなのか」

「スフィーダ様のおそばで働かせていただけるなんて夢のようです。ご存じですか? 侍女になるのって、とっても難しいんですよ?」

「筆記試験でもあるのか?」

「あります」

「面接は?」

「あります」

「それらを突破してきたのか。スゴいことじゃのぅ。ところで、どうして玉座を磨いておるのじゃ? まだ出勤時間ではなかろう?」

「昨日、わくわくしながら眠ったせいか、早くに目が覚めてしまったんです」

「出勤しても、手持ち無沙汰だから、仕事に精を出しておったということか」

「いけなかったでしょうか……?」

「そんなことはない。ありがたいのじゃ」

「そうですか」


 ホッとしたような新人さんである。


「この玉座を磨くのは大変じゃろう?」

「はい。背もたれが高いので、上までは手が届きません」

「なぜ背もたれが高いのかは、わしからしても謎なのじゃ」

「そうなんですか?」

「そうなのじゃ」


 すると、新人さんはクスクスと笑って。


「そなた、名前はなんというのじゃ?」

「アンナです。アンナ・スヴェンソンです」

「ではアンナ、これからよろしく頼むぞ」

「はいっ! がんばりますっ!」




       ◆◆◆


 なんとまあ、アンナは稀に見るドジっ子だった。

 どうやったらそんな真似ができるのかわからないくらいのドジっ子だ。


 朝食ののったワゴンを倒してしまった。

 食後の紅茶を注ごうにも手が震えこぼして、純白のクロスを汚してしまった。

 それらのミスについて誰も怒りはしなかったのに、本人はよほどショックだったのか、一日中、しゅんとしていた。

 時折、指で涙を拭っていたくらいだ。


 夕食時は配膳するときにやらかした。

 メインディッシュのステーキを、テーブルの上に落としてしまった。

 朝のことがあったから余計に緊張したのだろう、スープまでをも引っくり返してしまった。


 スフィーダ、いかんなと思った。

 アンナに不合格の烙印を押したいわけではない。

 なんとかして緊張をほぐしてやらないと、彼女が可哀想だと思ったのだ。


 食後、ヨシュアを私室に招いた。

 スフィーダはベッドのはしに腰掛ける。

 彼は椅子に座った。

 二人でアンナのことについて、少々話をすることにした。


「ヨシュアよ、わしはの? 不慣れなのじゃから、仕方がないと思うのじゃ」

「私も、咎める必要などないと考えます」

「じゃろう?」

「はい」

「じゃが、あの調子が続くと、本人が嫌になってしまうのではないかと危惧しておる」

「そのご見解はもっともだと考えます。先輩達も、いずれは叱り出すかもしれません。彼女のせいで、仕事が増えていることは間違いないわけですから」

「せっかく来たのじゃ。わしとしては、長く勤めてもらいたい」

「彼女もそれを望んでいることでしょう」

「どうにかフォローしてやれんものかのぅ」

「私はじきに慣れるだろうと思っておりますが」

「かもしれんが……。よしっ。積極的にコミュニケーションをとることにしよう。さすれば、慣れるスピードも早まるかもしれん」




       ◆◆◆


 アンナは慣れるどころか、その後の一週間、失敗ばかりした。

 そういうこともあり、その日の終わりにアンナを私室に招いた。

 いよいよかわいそうでならなくなったのだ。


 スフィーダはまだなにも言っていないのに、アンナは両手で顔を覆った。

 ひっくひっくとしゃくり上げるのである。

 すみません、すみませんと謝罪を繰り返すのである。


「じゃから、アンナよ。毎日、言っている通りじゃ。気に病むことなどない。わしもヨシュアも、まるで気にしておらんのじゃ」

「でも……でも……」


 アンナが顔を上げた。

 目が赤い。


「明日、辞表を持ってきます……」

「じゃから、そんな真似はしなくてよい。だいいち、やっと今の仕事に就けたのだと喜んでおったではないか」

「だけど、向いてないんだと思います……」

「言っておくが、わしは侍女をクビにしたことなどないぞ?」

「じゃあ、私が初めてですね……」

「そういうことを申すなと言っておるのじゃ」


 スフィーダ、ベッドのはしから腰を上げ、椅子に座るアンナの前に立った。

 そして、彼女の両の頬を軽くつねってやったのだった。


「わしはゆるさん。そなたが辞めてしまうことなど、わしがゆるさん」

「で、でも、私は……」

「そのうち、絶対に慣れる。それと、アンナよ。わしはの、誰よりも早く出勤し、玉座を磨いてくれることを、メチャクチャありがたいと思っておるのじゃ」

「そんなこと、誰にでもできますし……」

「そなたは一生懸命にやってくれる。わしはそれがとても嬉しい」

「辞めなくても、いいですか……?」


 スフィーダは微笑んだ。


「続けてもらいたいのじゃ、アンナに」


 そんなことを言ったものだから、アンナはまた両手で顔を覆い、泣いてしまったのだった。




       ◆◆◆


 次の日の朝から、アンナは見違えるように明るくなった。

 やはり玉座を丁寧に磨き、食事の準備も率先して行う。

 鮮やかな動きとは言えないが、できることを精一杯がんばろうとしていることは伝わってくる。


「陛下。彼女になにかおっしゃったんですか?」


 謁見者が訪れる前に、ヨシュアがそう訊ねてきた。


「少しだけ話をした。辞めてもらうつもりはないと伝えた」

「まだまだ身のこなしはぎこちないですが、きっといい侍女になりますよ」

「わしもそう思う。がんばり屋さんは報われて当然なのじゃ」

「人事のニンゲンに感謝しないといけませんね」

「まったくじゃ」


 玉座から身を乗り出し、後ろを向く。

 壁際に控えているアンナと目が合った。

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、少し俯いてみせたのだった。


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