第160話 エヴァ・クレイヴァー、初めて他者を尊敬する。
◆◆◆
午後。
謁見の場。
二十歳を目前にしたアイナという女子と談笑していたところに、エヴァ・クレイヴァーが駆け込んできた。
紅色のロングヘア。
紅色のマント。
大胆なスリットが入った紺色のローブ。
そんな外見の女魔法使いが城下の街の上空に現れたのだと、エヴァは息を切らしながら話した。
即時出撃した首都防衛隊の面々は、ことごとくやられてしまったらしい。
死者を出してしまったかどうかは、現状、不明のようだ。
ヨシュア・ヴィノーと戦いたい。
先方はそうのたまっているとのこと。
先方。
特徴からして、”魔女に最も近い者”とされるフェイス・デルフォイだろう。
ヨシュアを呼べというのも、これまでの彼女の言動と一致している。
酔狂な女だ。
なにを求めて、ヨシュアとの戦いを望むのか。
ただの戦闘狂?
その確率は、極めて高いように感じられるが。
話が弾み始めたところだったのだが、アイナには帰ってもらった。
ただ、後日、また会うことは約束した。
ヨシュアが言う。
「エヴァ・クレイヴァー少佐。よく知らせに来てくれましたね。以前の貴女なら、向こう見ずに突っ掛かっていったことだろうと思います」
エヴァは腰に手を当て、ゆるゆると首を横に振った。
「まだ敵わないのはわかってるから。でも、まだってだけよ。私は必ず、あの女を超える。超えてみせる」
「魔法を操る力は成長しませんよ。何度言えばわかるんですか」
「閣下、私ね? その定説に疑問を持ち始めてるの」
「ほぅ。興味深いですね」
「想像することを具現化する。それが魔法よね? そして、具現化できるかどうかが、魔法使いの力量にかかってる。たとえば、弱い魔法使いが海を割ろうと想像したところで、そんなことはできない」
「ええ。そうなりますね」
「私、前にはできなかったことが、最近、できるようになったの」
「それは?」
「指先から雷を飛ばすことができるようになったのよ。自分でもびっくり。ねぇ、これって成長って言えない?」
「安易にそうだと申し上げるわけにはいきませんが、あるいは、貴女は特異点なのかもしれない」
「あら。案外、簡単に認めてくれるのね」
「常に柔軟でありたいというのが、私のモットーです」
「魔法が上達するニンゲンって、きっといるのよ」
エヴァは目を輝かせる。
自分自身に伸びしろを感じることができて、嬉しいのだろう。
「悔しいけど、もう一度言うわ。今の私の力じゃあ、とてもじゃないけどフェイスには敵わない」
「私が出ますよ。貴女はなにも気にしなくていい」
「ねぇ、お願い。戦闘の様子、観ていてもいい?」
「どうして観たいんですか?」
「閣下の戦い方は、とっても参考になるから」
「好きにしなさい」
「ありがとう」
エヴァは花が咲いたような笑顔を見せた。
「誘導くらいはするわ。まさか街の上でやり合うわけにはいかないものね」
「東の森の上空でやります。呼んできてください」
「了解」
来たほうに引き返すのではなく、エヴァはテラスへと早足で進んだ。
そして、街のほうへと飛び去った。
スフィーダは言う。
「エヴァはずいぶんと素直になったではないか」
「魔法が上達したということに自らの可能性を見ているのでしょう。事実かどうかはわかりませんが」
「嘘をつく理由はなかろう?」
「まあ、そうですね」
「エヴァの前向きなところが、わしは好きじゃ。気に入っておるぞ」
「そうでございますか」
相変わらずエヴァのこととなると、どことなくそっけなくなるヨシュアだった。
◆◆◆
夕方。
本日最後の謁見者の対応を終えたタイミングで、ヨシュアとエヴァが玉座の間に戻ってきた。
ヨシュアの純白の魔法衣に汚れの一つも見当たらないのはいつものこと。
誰を向こうに回そうが、まるで問題としないのである。
あるいは、”魔女に最も近い者”とは、彼にこそふさわしい二つ名なのかもしれない。
二人はスフィーダの視線の先に並んでいる。
「どうなったのじゃ?」
「盛り上がってきたところで、すんなりと引き揚げていきました。何事においてもさっぱりしている。そこがデルフォイ氏のいいところですね」
「相手は敵じゃ。褒めてどうする」
「失礼いたしました」
いつも不遜なエヴァが、「やっぱり閣下はスゴいわよ!」と大きな声を出した。
目はキラキラと輝いている。
「ほとんど無敵じゃない。実際のところ、魔女にだって引けを取らないんじゃないの?」
「買いかぶるのはやめてもらえませんか?」
「私は閣下ほど強い男を見たことがないの。尊敬くらいさせてよ」
「ラニード・ウィルホーク。彼は私より上かもしれませんよ?」
「アイツはただの馬鹿よ」
「なんの理由にもなっていませんね」
私、閣下と出会うことができて、本当によかった。
そう言ったエヴァの面持ちは神妙極まりない。
「ホントに、本当に、生きていく中で尊敬できるニンゲンに会うことができるなんて思ってなかったの。だから、なんて言ったらいいかな……うん。今、私、とっても感動してる」
するとヨシュアは「気持ち悪いですね」とばっさり切り捨てて。
「気持ち悪くて結構よ。でも、今度、稽古をつけてくれると嬉しいな」
「付き合いませんよ。こう見えても、私はそれなりに忙しい身なので」
ヨシュアはとにかく邪険にする。
だが、エヴァはしつこく食い下がる。
その構図は、とても微笑ましいものであるように感じられた。




