第150話 状況開始。
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太陽がまぶしく、空が高い高い土曜日。
スフィーダは魔法使いの連隊の前を飛んでいる。
彼女のさらに前方にはヨシュアとフォトンの姿がある。
後続を引き離さないよう速度を抑えつつ、海を渡るべく宙をゆく。
船で現地に向かっている歩兵部隊の到着はあとだ。
肝要なのは、なにより先に制空権を確保すること。
イェンファまで、あとおよそ三キロの上空。
そこまで達したところで、魔物が群を成してやってきた。
緑色の肌を上から下まで晒している、きっと低能でしかない連中だ。
防衛に出てきたというより、それこそ、これからプサルムに向かうつもりだったのではないか。
スフィーダ一行はいったん止まる。
ヨシュアが誰より前に出た。
彼女は彼に対して、厳しい表情で命令する。
「薙ぎ払え」
ヨシュアが右手を左から右へと大きく振った。
途端、幅広の赤い波が発生した。
炎の高波だ。
魔物らをまとめて飲み込んでゆく。
あっという間に、片づいた。
後方の兵達からは、驚いているような気配を感じる。
大将閣下の実力を目の当たりにし、改めて心強く思っていることだろう。
士気は高まったと言っていい。
目的地に近づくにつれ、どっと敵の数が増えてきた。
ところどころに白い布をまとった者がいる。
ただの肉弾戦に頼るザコとは違う。
魔法を使えるようだ。
スフィーダとヨシュア、それにフォトンは一度、高空まで舞い上がった。
代わりにヴァレリアを先頭とした兵らが前へと進み出る。
敵勢は思っていたよりも、ずっと多い。
数は互角くらいだろう。
横に広がっていたプサルム軍の兵士達が、魔物らを取り囲むように動く。
ヴァレリアの作戦だ。
セオリー通りとはいえ、妙策ではないか。
殲滅するには打ってつけの陣形だろう。
ぜひとも、勝ち戦にしてもらいたい。
否、勝ち戦にしなければならない。
スフィーダら三人は移動を開始。
イェンファの地へと、ハイスピードで突き進む。
途中、多数の敵が襲い掛かってきたが、いっさい止まることなく仕留めながら、飛ぶことを続ける。
ときがゆるすならいくらでも相手をしてやるところだが、あいにく、用事がある。
大切な用事がある。
やがて上陸し、宮殿までおよそ一キロの地点。
宙に浮かんでいる魔物二匹と出くわした。
両方ともやはり肌は緑色で、頭髪はない。
一方は胸が大きく膨らんでおり、赤いロングドレスをまとう女、否、メス。
ミレイだろう。
もう一方は茶色いズボンをはいている、筋骨隆々の巨躯のオス。
サーシェスだろう。
ミレイは「キャハハッ!」と笑い、「ファッキュー、お馬鹿さんの女王陛下。テメーなんざ呼んでねーよ」と汚い口を利いた。
サーシェスに至っては、体の前で両の拳を幾度もぶつけ合わせながら、「全部砕いて柔らかくしてから食ってやる!」と怒鳴った。
問答無用。
背の鞘から大剣を抜いたフォトンがまず突っ掛かる。
懐に入らんと超のつく速度で迫る。
サーシェスは素早く反応した。
至近距離となったところで、右手のチョップを振り下ろした。
フォトンはそれを剣の腹で受け止める。
地へと弾き飛ばされるなんてことはない。
彼はその場で耐えて見せた。
怪力ぶりはいい勝負だ。
「キャッハハハッ! 男どもの戦いって、野蛮じゃね?」
ミレイはそう言って、また「キャハハッ!」と笑う。
「おしゃべりしようとは思いませんよ。聞く耳も持ちません」
ヨシュアが左手を掲げた。
黄金色の粒子が集まり、まもなくしてその手には槍が握られた。
投擲。
ミレイは自らの前に張った薄紫のバリアで難なく遮った。
フォトンとヨシュア。
二人の戦いぶりを今しばらく眺めていたいところではあるが、スフィーダは体を前傾させ、飛空を再開する。
彼女の目当てはあくまでも――。
ひぃ、ふぅ、みぃ……。
白亜の宮殿は四階建てで、その倍くらいの高さの塔が隣にある。
お行儀よく玄関から訪ねるつもりなどない。
黄金色の太い矢を両手から幾本も放ち、四階の壁をぶち破って中へと飛び込んだ。
そして、赤絨毯の上に勢いよく下り立った。
先に見える玉座の上には、小柄な少年のような容姿の魔物の姿があった。
だぼっとした紫色のズボン。
むき出しの上半身。
黒いロングコート。
王、オベリスクだ。
「よくぞ参った。悠久のときを生きる魔女よ」
ゆっくりと立ち上がったオベリスク。
「貴様の命もここまでじゃ」
スフィーダは態勢を低くし、早速、左手を後方へと伸ばす。
その腕に、赤き炎の竜をまとう。




