第15話 不意の敵襲。
◆◆◆
土曜の日中。
スフィーダはテラスにいた。
プールサイドに座って、足で水をバシャバシャと蹴り上げていた。
そんな最中に、彼女の視線のずっと先、空中に、飴色の筒が二つ出現した。
一つはヒト一人を包み込むようなサイズ、もう一つはそれよりずっと大きい。
その特徴的な様から、移送法陣だとすぐにわかった。
まもなくして、筒の中から姿を現した者。
視力がずば抜けているスフィーダにはよく見える。
一人と一頭である。
一人とは、赤い魔法衣に身を包んだ青肌の人物のことだ。
小柄な少年のような風貌。
見覚えはない。
そして一頭とは、赤肌の翼竜のことだ。
後肢だけで直立し、それがデフォルトの姿勢。
でっぷりとした体躯で、身の丈は三メートルほど。
名はドル・レッド。
二つ名は”最後の知恵ある竜”。
初見である青肌の少年だが、ただ者ではない。
移送法陣を扱えるのだから。
ドル・レッドについては、今さら、言及するまでもない。
その実力たるや、一騎当千。
ここは世界最強の魔法使いの一人とされる自らが相手をせねばなるまい。
そう考え、スフィーダはすっくと立ち上がった。
すると、後ろから大きなタオルで包まれた。
ヨシュアだ。
「少年と思しき青き兵、それにドル・レッドが現れよった。わしが出るぞ」
「私が向かいます。陛下は体をお拭きになっていてください。お風邪を召されては困りますので」
「風邪などひかぬ。というか、そんな悠長なことを言っている場合か!」
スフィーダはそう叱責した。
予期せぬ敵の襲来に、城下の街の者達が気づくのは時間の問題だ。
みながパニックに陥ってしまわないよう、一刻も早く事態を収拾しなければならない。
ドル・レッドが「グオォォォォォォッ!」と咆哮した。
恐ろしいまでに腹に響く声、重低音。
一人と一頭は揃ってまっすぐに城を目指してくる。
目当ては自分らしいとスフィーダは知る。
好都合だ。
しかし、ヨシュアときたら、拘束を解いてくれない。
タオルで包んだまま、放してくれないのだ。
「なにをしておるか、ヨシュア! いい加減、放さんか!」
「ですから、そうはまいりません。お風邪を召されては本当に困りますから」
「しつこいぞ。おまえはいつまでのんきなことを言って――」
そのときだった。
地上から飛び立ったと思われる二つの影が、青肌の少年とドル・レッドの行く手に立ち塞がった。
一人は、黒が基調の魔法衣をまとっている。
もう一人はタイトな黒いズボンに白いノースリーブのブラウス姿。
男女のコンビである。
かなり若いであろうことは、背中を見ただけでもわかる。
「やめよ!」
スフィーダは叫んだ。
だが、ヨシュアはやはり解放してくれない。
「放せ、放せ、放すのじゃ、ヨシュア! 怒るぞ!」
「彼らに任せてみましょう」
「馬鹿なことを抜かすな! 敵うわけないじゃろうが!」
「危なくなったら、私が行きます。それでなにも問題はございません」
「じゃったら、最初からおまえが行け!」
そうなのだ。
ヨシュアなら駆逐できるに違いないのだ。
それほどの力量の持ち主なのだ。
だがヨシュアは「見守りましょう。お手並み拝見でございます」と言い、「腕に覚えがある、あるいは腕試しをしたい。そういった若者の挑戦的な思考は、尊重すべきだと考えます」と続けただけだった。
当然、スフィーダは、「死んでしまったら、なにも残らんじゃろうが!」と大いに文句をつけた。
「陛下、どうかお静かに」
「ヨシュア!」
「お静かに」
「言うことを聞け!」
「お静かに」
「……わかった」
スフィーダ、ヨシュアから逃れることをいよいよ諦めた。
一度言い出したら聞かない男だ。
これ以上は無駄な問答になる。
不安な思いは到底払拭できそうもないが、まずは戦闘の行方を見守ることにする。




