第148話 防衛の現況を、リンドブルムより。
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その日の夕方。
スフィーダが一人で小さな会議室を訪れると、すでにリンドブルムが席についていた。
彼女は持参した丸いクッションを木製の椅子に置き、その上に腰掛ける。
「待たせてしまったようじゃな。悪かった」
そう謝罪すると、「ええ、待ちましたよ」という、なんともリンドブルムらしい返しがあった。
始終、礼を欠く男ではない。
ただただ大胆で、ぶっきらぼうな性格だというだけだ。
「わしだけ呼び出すとは珍しいのぅ」
「俺としては、別にお呼び立てするつもりはなかったんですがね」
「む。どういうことじゃ?」
「ヨシュアの奴に話してやってくれと頼まれたんですよ。どうせ陛下は防衛戦の状況をつぶさに知りたがるだろうからってね。世話焼きな大将閣下殿の優しさに、俺は正直、辟易しています」
「そう冷たいことを申すな」
「冷たいですかね?」
「冷たいぞ」
リンドブルムが右手で後頭部を掻いた。
「陛下相手だと、どうにも調子が狂っちまうんだよなあ」
「わしのことが嫌いなのか?」
「いえ。大好きですよ」
「おぉっ。嬉しい言葉じゃ。ほっぺにキスでもしてやろうか?」
「遠慮しときます。女房に隠し事をすることになっちまうんで」
「そこにあるのは愛か?」
「そうなんでしょうな」
愉快に思い、笑ったスフィーダ。
リンドブルムは目を閉じ、おどけるようにして肩をすくめて見せたのだった。
「それでは、そろそろ本題を聞かせてもらうぞ」
「俺もそろそろ切り出したい。あまり拘束されたくないんでね」
「そうなのか?」
「そうですよ」
「では」
「はい。とっとと進めましょう」
「うむ。まったくもって、ヨシュアの言う通りじゃぞ。誰よりも国のことを思っているという自負が、わしにはあるからの。何事においても詳細まで知っておきたいところじゃ。いったい、どうなっておる? やはり敵は強いのか?」
「そうですね。ただ、押し込まれているということはありませんよ。ここに来て、ウチの兵の熟練度がぐんと増している。実戦に勝る訓練はないというわけです」
「それはなによりじゃの」
「はっきり言って、防衛を続けるにあたって支障はないと思います。ですが、ほら、魔物どもは他国にも仕掛けているでしょう? そこんところを考慮すると、やっぱりどうしたって、根っこを絶つ必要があるとの考えに至るわけです」
「わしらでやるべきだということは、もはや言わずもがなじゃろう?」
「べき論じゃないってことですよ。マストなんです。無理もない話ではありますが、どの国も魔物に対しては及び腰ですからね。別なのは大国、アーカムと曙光くらいのもんです」
スフィーダは「うーむ……」と唸りつつ、腕を組んだ。
「手と手を取り合って、仲良く共闘することができれば話は早いし解決も早まるんでしょうが、そうもいかんでしょう?」
「じゃな。見返り次第でオッケーすることは目に見えているがの」
「ええ、そうです、見返りです。ブレーデセンの件があります。手を貸す代わりに、今度はイェンファを寄越せとでも言ってくるんじゃないですかね」
「ネフェルティティのわがままさは異常じゃ」
「それでもなんとか付き合ってきた?」
「そうじゃな。これからも折り合いをつけながら、やっていくことになるじゃろう。とはいえ、さすがにブレーデセンの一件は見損なったぞ。どさくさに紛れてとは、まさにあのことじゃ。なにをどう考えれば、あそこまで無粋な真似ができるのか、不思議なくらいじゃ」
「二千年以上も生きていながら丸くならないのは、ある意味、スゴいことだと思いますがね」
リンドブルムは口をへの字にして見せ、次に左の頬にある大きな切り傷をぽりぽりと掻いてみせた。
「我が軍がイェンファから撤退しなければならなくなったきっかけを作った奴らのことですが……王と三匹の側近でしたか?」
「側近の一匹は仕留めたがの」
「その旨は知っています。ただ、まだ王を含めると戦略級の強者が三匹も残っている。先述した通り、現状が維持されれば特に問題は生じないでしょうが、連中が攻めに加わるようだと、ウチの防衛線はもたなくなるかもしれない。いや、これまでの経緯を踏まえて考えると、その確率が高いと言わざるを得ない」
「そうならんようにするためにも」
「ええ。かえすがえすになりますが、根絶やしにしなくちゃならんですよ」
「まあ、もはや交渉の余地などないしの」
「話の通じる相手でも、あの見た目じゃあ、世界は受け容れんでしょう」
「外見で判断するのはよくないぞ」
「そんなことが言えるのは貴女くらいですよ。さすが”慈愛の女王”だ」
「その二つ名は好きではない」
「知ってて言いました。それにしても、陛下」
「ん? なんじゃ?」
「黒いドレスが、いよいよサマになってきましたね」
「ふっふっふ。大人っぽいじゃろう?」
「幼女がなにをおっしゃるんですか」
リンドブルムは声を上げて笑った。




