第146話 怪力というギフト。
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フォトンに見守られながら、テラスのプールで泳いでいるスフィーダ。
久々に訪れた穏やかな時間に、彼女は深い喜びを感じている。
十分ほどで、プールから上がった。
片膝を立てて座っているフォトンの左隣に、ちょこんとお邪魔する。
もうそれだけで嬉しいし、楽しい。
自分って、なんて単純なんだろう。
そんなふうに思えてくると、不思議と口元には笑みが浮かんだ。
フォトンは薄青いズボンに白いシャツとラフな恰好だ。
しかし、ご自慢の大剣はきちんと脇に置いている。
手放せない、あるいは欠かせない、相棒のようなものなのだろう。
「左腕の具合はどうじゃ?」
そう訊ねると、フォトンは力こぶを作るように左腕を曲げた。
早速、その腕をぺたぺたと触らせてもらう。
丸太のように太く、がっちがちに硬い。
やっぱり男はこうでなくちゃ。
その思いを新たにする。
スフィーダは身を寄せ、フォトンにぴたっとくっついた。
彼女の体は濡れているわけだが、そんなことを気にする男ではない。
真っ青な空に、糸を引く薄雲。
清々しい空気。
暖かな風。
ヨシュアはイェンファの地を取り返す手立てを、しっかりと考えていることだろう。
いざ攻め入るとなれば、フォトンも当然、出撃するわけだ。
だからこそ、今という時間はとても貴重だと言える。
貴重だからこそ、大切だと言える。
どこからともなく現れたとんびが、宙に輪を描く。
ピーヒョロロ、ピーヒョロロ。
その鳴き声は、よく響く。
と、そのときだった。
視線の先、二百メートルほど上空に、突如として飴色の筒が現れた。
移送法陣だ。
筒は大きなものではない。
お一人様用といったところ。
空気に溶け込むようにして、筒が消える。
姿を現したのは、白いローブを身にまとった緑色の魔物、アバだった。
すぐには攻撃してこない。
直立した姿勢のまま、すーっと降下し、近づいてきた。
彼我の距離は三十メートルほどにまで縮まる。
アバは両手を広げて背を反らし、馬鹿みたいに「ギャハハハハハッ!」と大爆笑した。
一方でスフィーダは冷静に「よっこらせ」と腰を上げる。
大きな声で「なんの用じゃ!」と訊いてやった。
「言ったろうが、スフィーダ! ヤッてヤッってヤりまくったあとに食ってやるってな! そうだ! ヤッてやる、ヤッてやる、ヤッてやる! 食ってやる、食ってやる、食ってやる!!」
「執念深い奴じゃの。じゃが、供も連れずに来るとは。身のほど知らずもいいとこじゃ」
「俺は強いんだよ。なにせ王の側近だからなぁ。来いよ、スフィーダ。まずは半殺しだ!」
スフィーダ、アバに右手を向ける。
挨拶代わりに火の玉でもぶつけてやろうとする。
だが、のそりと立ち上がったフォトンに、左手で前を遮られた。
下がっていろ。
俺がやる。
そういうことらしい。
鞘から抜き払った大剣を手にしたフォトン。
アバが「誰だか知らねーが、デカブツ、おまえに用なんてねーんだよ!」と声を荒らげた。
その言葉の通り、アバはフォトンのことを知らないのだろうか。
実際、イェンファでの戦闘の折、両者は交戦しなかった?
あるいは、奴が阿呆であるがゆえに覚えていないというだけ?
否、そんなことはどうだっていい。
どうあれフォトンからすれば、緑の魔物は怨敵でしかない。
なにせ、自らの部隊を壊滅させた者達なのだから。
事実、彼の体からは怒りのオーラが立ち上っているように見える。
フォトンがびゅんと飛び上がった。
勢いよく突進する。
アバがバリアを張る。
フォトンはおかまいなしに体当たりをかます。
あっという間に相手を上空まで押し返す。
アバは驚いているに違いない。
ただ単に体の強さだけで押し込まれるとは思いもしなかっただろう。
スフィーダも飛翔する。
戦いを間近で見学したくなったからだ。
いったん、両者は距離をとった。
フォトンは静かに大剣を構え、アバは忌々しげな顔をする。
「デカブツ、テメー、邪魔してんじゃねーぞっ!」
突っ込むフォトン。
身構えるアバ。
アバのバリアに、フォトンが左の拳をぶつける。
硬いもの同士がぶつかり、ガィンッという激しい衝突音が鳴った。
まもなくして、バリアはガラスが割れるようにして、粉々に砕け散った。
いよいよ、アバが驚愕の表情を浮かべる。
大剣をゆっくりと振りかぶったフォトン。
アバの左肩から右の脇腹にかけて一閃。
その体を真っ二つにした。
「こっ、このニンゲン風情がぁぁぁっ!!」
そんな断末魔の雄叫び。
フォトンは左手からぶわと炎を発生させて、それをもっていまだ宙にあったアバの体を焼き尽くし、灰へと変えた。
あっさりとした戦闘、結末。
プサルム最強の兵の面目躍如だった。




