第145話 各位の遺族。
◆◆◆
日中。
謁見の場。
「自慢の息子でした」
マイケル・マクレーン准将の母、ダリアは涙を見せた。
彼の美しい金髪は、母親譲りだったようだ。
マイケルは先達てのカナデ奪還作戦の指揮をとっていた。
フォトンの部隊を預かる立場だった。
戦には勝ったが、彼が生還することはなかった。
自らの力量を顧みず先頭に立った結果、戦死した。
ヨシュアからはそう聞かされている。
「二十五の若さにして准将だったわけじゃ。優秀だったのは間違いない」
「ですが、特別ではなかったのだと思います」
「特別? どういうことじゃ?」
「ヴィノー様のような名高い方と比べると、やはり見劣りしてしまったのだろう、と……」
否定のしようがない意見だ。
だからといって、「うむ。そうじゃな」などと肯定するわけにもいかない。
こんなふうに返答に窮したとき、うまいことあいだをつないでくれるのがヨシュアであるわけだが、あいにく今、彼はいない。
今日も西の国境で、防衛の最前線に立っている。
「ヴィノー様に対する羨望と嫉妬。そういう感情はあったと思います。プライドが高く、負けず嫌いでしたから」
「実はのぅ、ダリアよ」
「はい?」
「マイケルは一度、この場を訪れたことがあったのじゃ。ヨシュアに向かって、今の職を譲れと迫りよった」
「それはまた、我が子のことながら、思い切った行動を……」
「向上心のかたまりのような男だったのじゃろう」
「そう言っていただけると、いくらか救われます」
「遺体は? 戻ってきたのか?」
「いえ……」
「そうか……」
スフィーダは左の肘掛けに頬杖をつき、吐息を漏らしつつ目を閉じた。
返ってくることはなかった亡き骸。
その事実は、やはり彼女の心に傷を残す。
「戦争には勝てますか……?」
「その点は心配するな。魔物になど負けるものか」
「劣勢との噂もございますが……」
「全然、そのようなことはない」
「息子の弔い合戦。ぜひとも勝っていただきとうございます」
「じゃから、負けぬ。負けはせぬ」
◆◆◆
五十歳くらいとおぼしき白髪まじりの男は椅子に座ることはせず、肩を怒らせ、掴み掛からんばかりの勢いで近づこうとしてきた。
当然、双子の近衛兵、ニックスとレックスに制止させられる。
押さえつけられ、赤絨毯の上に伏す。
スフィーダは「よい」と告げた。
ニックスとレックスが拘束を解く。
すると男は正座し、涙を流しながら、強い目を寄越してきた。
相手を責め立てるような色合いのある目だ。
「娘はいつも言っていたんだ。国のために、女王陛下のために、って。娘は国のために死んだんだ。アンタのために死んだんだよ……っ」
絞り出すような口調。
聞いているほうも、つらくなる。
「娘はちょっと魔法が達者だからという理由で兵になった。俺がもっときちんと止めるべきだった。後悔しかない。でも、悔やんだところで娘は帰ってこない。俺はどうすればいい? どうすればいいんだよ……」
スフィーダは「一つ聞かせてほしい」と言い、「この国に女王は不要だと思うか?」と問い掛けた。
「娘が生きているときは必要だと思っていた。だけど……今は要らないっ」
「そうか」
「怒らないのか……?」
「怒らぬ。本心を話してくれて、ありがたく思う」
「いくら優しい言葉を吐かれたところで、アンタを恨む気持ちに変わりはない」
「わしにも至らぬところはある。その結果なのかもしれんな。そなたの娘が亡くなってしまったのは」
「だから、アンタが自分を責めたところで、なにも変わらないって言っているんだ」
「まったく言い返すことができん」
「アンタなんか……アンタなんか、死んでしまえばいいんだ……」
「いつかそういった機運が高まった日には、喜んで死のう」
「そんなふうになりっこないと思っているから、そんなことが言えるんだろう? 違うか?」
スフィーダは魔法を使い、ペーパーナイフ程度のサイズの黄金色の刃物を作り出し、それを使って自らの左の手首を傷つけた。
途端、血があふれ出す。
とくとくと、とくとくと。
白髪の男は驚いたように目を見開いた。
「な、なにをやっているんだ、アンタは」
「わしの考えを信じてもらうには、こうするしかないと思っての」
「わ、わかったよ。わかったから早く治療を――」
「あとで縫ってもらう。気にするな」
「……悪かったよ」
「うん?」
「アンタだってつらく感じていることは、よくわかった」
男は深々と座礼をした。
「スフィーダ様。失礼な口を利いてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
口元を緩めたスフィーダ。
「どうか誇りに思ってほしい。自らの娘のことも。そして、この国に生まれたことも」




