第144話 ヴァレリア、はいていない。
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夜。
フォトンが目を覚ましたと聞いて、スフィーダは彼の病室を訪れた。
先にヴァレリアがいた。
彼女はベッドの上で体を起こしているフォトンの口に、リンゴを運んでいた。
まったく、見せつけてくれるというかなんというか。
ヴァレリアが譲ってくれた椅子に、スフィーダは腰掛ける。
彼女が「問題ないか?」と問うと、フォトンは深く頷いた。
あの蹴りをもらいながら脳震盪だけで済んだことには、本当に恐れ入る。
「出撃、ご苦労じゃった。助けてもらってしまたったな」
今度はかぶりを振って見せたフォトン。
スフィーダは右隣に立っているヴァレリアに目を向ける。
「そなたもお疲れ様なのじゃ。敵勢を退けるにあたり、一役買ってくれたそうじゃの」
「ヴィノー閣下がいらっしゃらなければ、どうにもならなかったとは思いますが」
「白いローブのオスはアバじゃ。巨躯の者はサーシェスというオス、赤いドレスの者は恐らくメスでミレイじゃろう」
「よくご存じでございますね」
「とある情報筋から聞いたのじゃ」
「とある情報筋?」
「その点は気にせんでよい」
「街に被害が出てしまったことが悔やまれます」
「移送法陣を使って出現されてしまっては、どうしようもない」
スフィーダの左隣で腕を組んでいるヨシュアが、「国際法は順守してもらいたいですね」と言った。
もちろん、冗談のつもりだろう。
「それにしてもヴァレリアよ、そなたは普段、そのような恰好をしておるのか」
飾り気のない白いブラウスに、黒いロングスカート姿なのである。
「もっと露出が多いことだろうと、お考えでしたか?」
「うむ。常に色気を振りまいておるのかと思っていた。まあ、大人しいファッションでも、わがままボディは隠しきれておらんがの」
「実は今、下着をつけておりません」
「ななっ、なんじゃと!?」
「濡れ事の最中での急事でございましたので」
「お、おまえ達はそれしかすることがないのか!」
「最初はチェスに興じていたのでございます。しかし、少佐は負けが込み始めると、嫌がる私を無理やり――」
「よよ、よいっ。その先は言わんでよいっ」
「ちなみに、嫌がる私をのくだりは嘘でございます。私は跪き、喜んで少佐の下腹部に顔を寄せ――」
「じゃから、言わんでよい!!」
スフィーダが目を吊り上げる一方で、ヴァレリアはクスクスと笑う。
下ネタを駆使してからかってくるという点は、ヨシュアと同じである。
二人とも、意地が悪いにもほどがあるというものだ。
ベッドの隅に皿が置かれていて、その上にリンゴがのっている。
うさぎさんになっている。
ヴァレリア、芸が細かい。
リンゴを一つ、しゃくしゃくと食したスフィーダである。
ヴァレリアが「王は強うございましたか?」と訊いてきたので、スフィーダは「なかなかのものじゃったぞ」と答えた。
「陛下にそう言わせるとは、大したものでございますね」
「まあ、そういうことになる」
「ですが、負けはしないと?」
「そりゃそうじゃ。次は仕留める。今回は少々油断しておったからの」
「油断でございますか」
「そうじゃ、油断じゃ。否。舐めておったという表現のほうが適切か」
ヨシュアが「紳士的な少年。そんな感じでございましたね」と言った。
「余は悲しいとか抜かしておったな」
「悲しい、ですか?」
「うむ。わかり合えぬことが悲しいらしい」
「散々、世界を引っ掻き回しておいて、今さらそれですか」
「あるいは、引っ掻き回しておるのは、王の意思によるところではないのかもしれんぞ?」
「では、誰の意思だと?」
「無論、下々の者じゃ」
「王が王として機能していない?」
「実際、そうなのかもしれん」
「まあ、どうあれ共存の道は模索しようがありませんが」
「当然じゃ。叩くぞ、すべて」
「御意にございます。では、私はそろそろ失礼します」
「家に帰って寝るのか?」
「まさか。防衛戦の指揮をとります」
「おまえも、ご苦労じゃの」
ヴァレリアが「閣下」と呼び掛け、「私も参戦してよろしいでしょうか?」と訊ねた。
「心の傷は癒えましたか?」
「癒えぬからこそ、怒りが湧くのでございます」
「一緒に行きましょう。フォトンはダメですよ?」
フォトンが大きな舌打ちをした。
「ヴァレリアよ、パンツをはくのを忘れずにな」
「心得ております」
ヨシュアとヴァレリアが戸のほうへと向かう。
スフィーダも「静養しておれ」とフォトンに告げると、彼らのあとに続いた。




