第140話 ヨシュア、かの国へ飛ぶ。
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夜。
スフィーダの私室において。
ベッドの端に腰掛けているスフィーダである。
彼女の正面には、椅子に座って脚を組んでいるヨシュアがいる。
「ここ数日、魔物の侵攻は激しくありません。よって、防衛の指揮は引き続き、リンドブルム中将にお願いしてあります」
「ある程度、戦況が落ち着いたら仕事を頼まれる。リンドブルムはそのことを不満に思っておらんかのぅ」
「中将は器の小さい人物ではありませんよ」
「そうじゃな。その通りじゃわな」
あるいは、誰よりもヨシュアの力を認めているのが、リンドブルムなのかもしれない。
「私は明日、単独でブレーデセンに向かいます」
「ブレーデセンに? まあ、海を挟んでいるとはいえ隣国じゃ。気に掛けるのも当然か」
「首脳と面会し、その旨を伝えたいと考えています。我が国とつながっていると感じることができれば、安堵もしましょう」
「外交に必要なのは思いやりというわけじゃな」
「無論、相手を選びますが。とはいえ、会えるかどうか」
「難しそうなのか?」
「返事がないのでございます」
「文のやり取りも難しいほどの戦禍ということか」
はいと答え、ヨシュアは肩をすくめてみせた。
いつでも不敵な男なのである。
賢人である証左だと言えなくもない。
「それでも、アプローチはいたします」
「そのへん、アーノルドには?」
「許可は得ています。といっても、非公式かつ極秘の許可ですが」
「一応、特使というわけじゃな。仮に会えたとして、先方はなにを話すかのぅ」
「つらい心情を吐露するだけかもしれませんね」
「愚痴くらい、こぼしたくもなるじゃろう」
「はい。尚、明日も謁見は――」
「わかっておる。通常通り、執り行うぞ」
「席をはずす時間が多くなってしまい、申し訳ございません」
「道中、気をつけてな」
「お気遣い、ありがとうございます」
◆◆◆
翌日の夜。
やはり、スフィーダの私室において。
「ブレーデセンの首相に会うことができました」
「メグ・シャイナといったか」
「はい。美熟女とでも申しましょうか」
「冗談はよい」
スフィーダは後ろ髪を掻き上げた。
不機嫌になったというわけではない。
「やはり苦しい胸の内を打ち明けられました。どうしようもないと嘆いていらっしゃいました」
「まったく、心苦しい限りじゃの」
「クロニクルは礼を尽くしてくれているとのことです。しかし、アーカムのニンゲンとは会ってすらいないと」
「やはり、曙光は助け船で、アーカムは厄介者というわけじゃな。現地の戦況は? 見てきたのか?」
その通りです。
そう答えた、ヨシュアである。
「ぱっと見、ひどい混戦でございました」
「その中にあって、どこが強い?」
「最も統率がとれているのが曙光軍です。さすがはリヒャルト・クロニクルといったところですね。指揮能力も優れている。アーカムは自軍の数の多さを制御できていない感がありました。尚、魔物の軍勢は退きつつあるようです。戦略的撤退でございましょう。ブレーデセンで下手に戦力を失うくらいなら、確かに他国を狙ったほうがいい」
ヨシュアの言うことは合点のいくものだ。
なのでスフィーダは、うんうんと頷いた。
「くだんの魔物がいよいよ世界中にはびこるようじゃと、手に負えんくなってしまうのぅ」
「あくまでも、術者を確保し、穴を塞がせること最重要事項です。それさえできれば、なんとでもなります」
「その術者はいずこにおるのか」
「イェンファでしょう」
「二人ともか?」
「現状だと、恐らく」
「となると尚のこと、フォトンとヴァレリアの働きに期待したいところじゃの」
「そうでございますね」
「じゃが、適度な休息がないと、よい仕事もできんというものじゃ」
「その点は問題ないと思います。二人はとにかくパワフルですから」
「そうは言ってもじゃな」
「彼らのことです。手が空けば濡れ事に興じていることでございましょう」
「……は?」
濡れ事。
思わぬ単語がいきなり飛び出してきたので、スフィーダはぽかんとなる。
「戦闘は神経を高ぶらせます。だからそれはもう、激しく燃え上がることでしょう」
「ベ、ベースキャンプで興じるというのか?」
「そうでございます。とにかく、ヤるわけでございます。ヤりまくるわけでございます。その様子をヒトに見られようが喘ぎ声が高く響こうがおかまいなしにしまくるわけでございます。お互いの体のあちこちをいじりにいじり倒し、果ては穴という穴に指を――」
「ももも、もうよい! やめよ!」
スフィーダが赤面しまくる一方で、ヨシュアは「二人は魔物と大差がありません」と言い、妖しく「ふふ」と微笑んだ。




